1.
風が強く吹き荒れて、雲が早々と流れ、太陽を覆い隠す。
屋上のドアの前に立つ僕は、髪が乱れている先輩の事を想う。
――先輩。部室で僕の隣に座ったのは、何故ですか?
――先輩。どうして急に、僕の唇を奪ったのですか?
――先輩。どうしてその後、僕に謝ったのですか?
――先輩。教えてください。どうしてですか? 先輩。
僕は痛かった。先輩が、『スマナイ、悪気は無かったんだ』の一言。相当堪えました。
謝らないで下さいよ。僕は嬉しかったのですから……
僕は目前の、重々しいドアを開けて、先輩の想いを胸に――屋上へ出た。
2.
「せんぱーい!」
僕は元気よく、先輩に声を掛ける。先輩は風に吹かれながら、遠くを見ていた。腕をフェンスに乗せて、黄昏ている先輩は、とても綺麗だった。
先輩は僕の声に気付いて、スラリ振り向く……
「ああ、君か」
振り向いた先輩の顔は、呆れ果てて苦笑していた。普段は無表情で、たまに出る微笑は凄く可愛らしかったのに、
今日の先輩は違って見える。その苦笑がとても悲しげで、僕は切なくなった。
「先輩。急に呼び出してごめんなさい」
「いい。いいんだ。私も用事があったから」
すーっと先輩は目線を逸らして、また、曇りがちな遠くの空を眺める。そして、かすかな声で、『スマンな』と聞こえた。
どうしてですか? 先輩。何故そう何度も謝るのですか? 僕にとっては、何も罪悪感を感じる事ないのに。
「先輩……」
「ああ」
僕は思い切って、想う事全てを、先輩に伝える。
「先輩! 好きです。部に入部してから、ずっと好きでした」
先輩の肩が震え、ビクッとなった。けれど、何も無かったように、風に吹かれながら呟く。僕を見ないで――
「困る。それ以上言わないでくれ。頼む」
分からない。理解できない。不自然だよ……
嫌いなら嫌いって言ってくれればいいのに、困る。問題があるって事だ。だから困るんだ。なにが先輩を困らせるの?
嫌いじゃない、先輩は好きかもしれない……でも困る。僕にキスした。嫌いじゃ出来ないよ――むしろ好き。
でも――
「先輩。僕と付き合って下さい。何か分かりませんけど、僕は先輩を困らせます」
真剣に、僕の気持をダイレクトに伝えた。もう、無理やりにでも振り向かせて、唇を奪いたかった。今の先輩も、そしてこれからの先輩の気持も。
クルリと先輩は振り向き、僕を見据える。冷たい視線じゃなくて――柔らかい、先輩に包まれるような視線に。
そうして先輩は……『知らないからな』と、そう呟いて、僕の胸に飛び込んできた。
「先輩。先輩、好きです。もう離しません。困っても、僕が守ってみせます!」
ぶつかった勢いで、僕達は冷たいコンクリートに倒れこみ、空を見つめて……先輩を強く抱きしめた。
「仕方が無いヤツだなぁ。困ると言っただろうに」
それでも構わない! 僕は心に決めたんだ!
うつ伏せの体勢で、ぎゅーっと力強く抱きしめる先輩は、不思議な事を僕に言った。
「そのままで、階段室の上に立っている男を見てみろ」
「お・と・こ……」
逆行で影になり、顔は見えないけど、動きの多い男がそこに立っていた。
「アホそうに、シャドウボクシングしている男が、見えるだろう?」
「は、はい」
「私のフィアンセだ」
えーっと、先輩。フィアンセですか? 一人嬉しそうにシャドウボクシングして、『ふんふん』言ってるアホそうな人ですか? 僕はあのアホそうなフィアンセと、戦わなくてはならないのですね?
「さあ私を奪い、何処へでも連れ去ってくれ」
「分かりました、先輩。行きますよ!」
僕は先輩を、そっと横に座らせて、アホそうなフィアンセを睨みつける。が、先輩は――
「ただのアホだ。見ていれば分かる」
と、言うのだ。何でだろうと? さらに睨みつけると、アホそうなフィアンセは僕達に向かって、怯えながら叫ぶ。
「ふっふふ……不純だ! 不純だぞ、君達ぃ~。不潔! 不潔!」
ちょこんと正座している先輩に、僕は聞いた。
「先輩……大丈夫なんですか? あそこで、のた打ち回っているフェアンセと言うか――アホと言うか……」
「ただのアホだが、かなりシツコイな。私を守ってくれ」
人生で一番。頭の中がぐるぐると回った瞬間だった。先輩、先輩。
「先輩! 困ります!」
正座のまま先輩は、最初に見せた苦笑を浮かべて、『困ってくれ』と……
☆
わしゃわしゃと、地ベタを這い蹲りながら、『パパー、パパー。酷いよ。酷い事するよー』と言いながら逃げて行く、アホそうなフィアンセを見つめ――僕は覚悟と、先輩を守り続ける事を決心した。