「唐突だが、分かれよう」
「え?」
振り向けば、目の前で隣に座って居る女の子が、俺に向かって言った。
「すまない、君には悪いと思うのだが、どうしてもな……」
「とりあえず、一休みした方がいいよ。保健室いくか?」
イキナリ隣で佇む女の子。奇天烈空が、涙ながらに俺に向かって――やっぱり言う。
「確かに、私の言い分はおかしい。それは分かっている。だが、どうしても君に言わなくてはと、思って……」
「うーん。何で俺に言うのかは、分からないが、そこまで切実な問題だったら、聞くわ」
そうかそうかと、空は『お前』と書かれたハンカチで、涙を拭きながら、俺に……やっぱり訴える。
「向かいのお母さんの話なんだが、エヴァンゲリオンと彼氏彼女の事情の区別がつかないと、5000円渡すから教えて欲しいと言うので、私は仕方なく、エヴァンゲリオンの一話から、解説と評価を要り交えて、さらにマトモな判断が出来ないように、アナウンス効果をサブリミナル効果のように、ミルフィーユ状に挟み込んでだな、TVシリーズの第二十三話まで――」
本筋までかなり掛かるようだったので、俺は気持ちよく寝る事にした。
「そういった訳で、劇場版エヴァンゲリオンは綾波の存在が必要不可欠で――」
カーカーと、カラスがうっとおしそうに鳴く、夕方深くまで話は続く……
「まあ、あれだ。ガイナックスが製作しているので、略してカレカノは、一般人には見た目が一緒になるが、しかし……よく見てみると、アラ不思議? 主人公が違うではないかと――」
グッスリ熟睡していた俺は、まだひたすら序盤戦のガイナックス製作アニメの話が、続いているのに気が付いて、『遅くなったし、帰りながら聞くわ』と言って、空と二人で鉄板焼屋。『お前のランデブー』に着いた。
☆
「いらっしゃいませー」
店員の大きな声と共に、焦げたブルドックソースの香ばしい匂いが、俺たちを包んだ。
「おっちゃーん。いつもの豚モダンスペシャル!」
「私は、いつものハンプティーランデブー」
鉄板にコレでもかと、サラダ油五に対してごま油を二――流しこんで、お好み焼きを、俺は箸で食う。
しかし空はコテで食う。おかしい。いつも思うのが、なんで空はコテで食うか?
今日こそはと、思い切ってそこん所を、突っ込んで問うてみた。
「何でお前はコテで食うんだ? 箸で食えよ」
……まさか、こんな答えが返ってくるとは、思わなかった。
「あ? コレはコテではなく、テコだろ?」
一瞬にして、俺のアイデンテテーは脆くも崩れ去った。儚く、そして綺麗に、跡形も残さずに……
「おい、お前。額焦げるぞ」
知らず知らずに俺は、鉄板の上にうな垂れて、コンガリ額を焼き上げていた。しくったな。
「かなり熱い。正直ビビッた。イテテテ」
「仕方の無い奴だなあ」
空はそう言って、机に乗り上げ、俺の額に口付ける。
「おお、お前の額。結構美味だぞ! ごま油の効き具合が最高だな」
ぺろぺろと、俺の額を美味しそうに食べる空は、たぶん……たぶん唾で冷してくれてるとは、思うのだけれど、明らかに鉄板の方から、じゅうじゅうと、いい具合に焼きあがってる音が聞こえる。
「なあなあ、お前の膝小僧、焦げてるぞ」
「うお! 本当だ――気付かなかった。――舐めて、くれるよな?」
すーっと俺の口元に、空の激美味そうな膝小僧が、差し出された。この二人の体勢を、どう鑑みたって、おかしすぎる事になっていた。しかし……この艶かしい膝小僧を凝視すると、ココで美味しく頂かなければ、後世の歴史家にバカにされるだろうと、俺は手に取りむさぼりついた。
「ああ、いいな。お前……凄く、い・い・ぞ」
このごま油が、本当にヤバイ! 空の膝小僧の塩っ気がピリリと効いて、尋常なく美味い。心の中で――膝! 膝! と、
俺は小躍りして、喜んだ。だが、また……じゅうじゅうと、いい具合に香ばしい、脳がとろけそうな音がしてきた。
「空、空。ケツ。お尻が、ここ一番最高の焼き具合になってるぞ」
「だよな、なぜか? ケツが熱いな? とは、思っていたんだ」
正直。ココでケツに喰らい付かなきゃ、男じゃないだろうと、俺は一心不乱に噛み付いた!
「私は、お前の情熱に心を打たれたぞ。かなり痛いが、思う存分味わってくれ!」
空は、俺に身を委ねて、寝っころがった。すると――出来上がった、追加のお好み焼きを持ってきた、おっちゃんが――
「ココは天丼屋じゃねー、このままだと落ちないから、頼むから帰ってくれ!」
と、じゅうじゅうと腹が綺麗に焼きあがった俺と、背中が食べごろになった空に、おっちゃんが涙ながらに訴えてきて――追い出された。
☆
「おっちゃん、同じネタを被せる天丼と、鉄板焼屋だから天丼屋じゃないって、めちゃめちゃ匠だよな」
「ふふふ……全くだ」
そうして俺たちは……又、おっちゃんに会いに行こうと、心に誓った。
「空。何の話があったんだっけ?」
「んーん。私も覚えてないな。いいじゃないか、とりあえず――お前んちに行って、ゆっくり考えればいいさっ」
そう言って、空と一緒に風呂に入り、一緒に寝た。
そもそも俺たちは付き合って無い事を思い出すのに、数年は掛かった。知った時は、もう空と結婚した後だった。
空のペースに巻き込まれ、うやむやのまま……そう。うやむやのままに……