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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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崩れ去る時間の流れ

 暮れた夕日は高層ビルの狭間に消えてゆく。山間にある府立素直高校、そのまた裏山の展望台に僕は来ていた。
 僕は自転車に乗って展望台への坂道を一気に駆け上がり、息をきらせながらベンチに座る。暮れゆく夕日を一望して、僕は一人たそがれていた。
 夕日はビルに挟まれて、辺り一面を零れ陽によって滲ませていた。そうして、夜の闇と静寂が訪れる。霞んだ月が面持ちを露にする、早々と流れゆく雲に覆われ掠められながら、光を放ち仄かに照らす。
 グロウが点火し、ちかちかと街灯に火が燈ったのは、間もなくの事だった。僕は静かに横になる。頭を抱え、ラフな格好でベンチへ横たる事にした。そろそろ彼女が来る頃だ。



 1.
 これから市原空《いちはらくう》がやってくる。今日、付き合い始めて三年目だった。
 高校に入学して半年ぐらい経った頃、この場所で空に告白をした。空は涙を流しながら「うんうん」と何度も頷いて、僕を抱きしめた。天にも昇るほど嬉しかった、
 お互いにぐしゃぐしゃになって、眼を腫らして抱き合った。何度もキスをして抱きしめた。僕が強く抱きしめ過ぎたらしく、その箇所が真っ赤に腫れたらしい、空は何も言わず僕にキスをくれた。その後、空は「君に嫌な思いをさせたくなかった」と言って笑った、幸せだった。
 空との出会いは入学式の翌日、一時間目の授業開始直前だった。僕は教科書を忘れた事に気付き、焦って周りのクラスメイトに話しかけようとした。しかしチャイムが鳴り教師が来たため、声を掛け損ねた。
 そうすると背中に何かが当たった――振り向くと、無表情で教科書を差し出した女子が空だった。僕は「あ、ありがとう」と言った瞬間、空に「君の方は大丈夫?」と気になって聞いた。
「私の事は心配いらない。既に頭に入っているから」と言う。すぐにボールペンで僕の胸を突いて、「ほら、前前」と教師が僕らを見ている事を促した。僕は、すぐに前を向いた。
 授業終了後、空に感謝の気持ちを伝えると「気にしないでいいよ」と答えたが、僕は「何かお返しをしたい」と告げた。
「じゃあ、購買部のパンでいい」
「すぐに買ってくるよ」
 そう言うと空の目尻が垂れた。その時、空は気持ちを表情で表すのが苦手なのだと知った。
 それ以来、何かと会話を交わす間柄になっていた。僕は忘れ物が多かったため、ちょくちょく購買部にパンを買いに出かける。そして空はいつも美味しそうに、そのパンをもふもふとほうばっていた。
 食べ終えた後の「ついでに君の準備をしてやろうか?」という言葉が嬉しかった。いつも忘れ物をする僕の代わりに、空が学校の用意をするという事だ。僕は「いいよ、自分の問題だから」と、毎度丁重に断っていた。
 実際は空との会話のきっかけが欲しくて、忘れ物をしていたような気がする、徐々に空に惹かれていった。
 理由は当時分からなかったけれど、今思うと空の人柄に惹かれていた。その人柄が今後、煩わしさに代わるとは思いもよらなかったけれど……
 空は面倒見が良くて見守ってくれる女性だった。自然とやわらかい雰囲気が醸し出されていた。当時一年の僕にとっては、よほど大人だった。言葉数は少ないが、相手の仕草状況から推測して気付かないうちに誘導示唆してくれていた。ほがらかな人となりに僕は大人の女性を感じて、吸い込まれるように空に没頭していった。
 そうして、決定的だったのは夏休みだった。
 毎日顔を合わせていたものだから、空が近くに居る事が当たり前になっていた。約一ヶ月空に逢わない事が、こんなにも堪えるとは思いもよらない。僕は馬鹿だから始業式の一週間前、空に電話をして「宿題が間に合わない、写させて」と言い訳じみた事を伝え、呼び出していた。無意識に電話を掛けて切った後、我に返った。
 恥かしさと嬉しさ、情けなさがいっぺんに押し寄せてくる。思わず電話を掛けてしまった恥かしさ、逢える嬉しさ、「逢いたいから逢おう」と言えない情けなさ、ぐるぐると感情が駆け巡った。
 ひとまず自転車に跨り、待ち合わせ場所に向かった。待ち合わせ場所は、学校の裏山にある展望台だった。
 ――今思うと僕は相当馬鹿だと思う、どうして夏休みの宿題を受け渡しする場所が展望台なんだと。僕の家から自転車で三十分、空の家からは電車で十分、しかし駅から展望台まで歩いて登ると三十分はかかる。たかだか宿題を僕に貸すだけで、その場所は可笑しいだろう。もっと近場があったハズだ、しかし空は嫌な顔一つしないで、歩いて展望台へ宿題を持って来てくれた。
 空は僕の電話の声で、全てを推測してしまったのではないだろうか……その上で逢いに来て、僕の告白を受けた。目的が宿題では無い事を知っていたんだ。――あの頃は本当に空の事が大好きで大好きで仕方無かった。
 僕がこれからしようとしている事は、ただの我が侭なのかも知れない、でも気持ちはほぼ固まっていた。これから空と話をして心が揺らぐのだろうか、分からない、後は空を待つだけだった。



 2.
 夏の終わりにも関わらず、陽が落ちようとも生暖かい風は僕に吹きつける。辺りはもう薄暗くなり、街灯の灯りだけが頼りだった。
 早くも秋を知らせる虫たちが鳴いていた。その喉や羽根を合わせ鳴り響かせる音色と共に、夏の終わりを告げ始める。空との関係も夏と共に終わりを告げる……
 虫の合唱に混じり、靴底とコンクリートが擦られる足音が聞こえた。空が来た。僕は眼を瞑り、ベンチに横たわりながら、空を待っていた。
「半月ぶりだね」
 僕は黙っていた。別れる前は感傷的になり、相手のいい思い出や好きな場面、良かった部分を思いだす。僕は眉をしかめた。そうして小刻みに唇が震えだした。
「どうした? どうして泣いているの」
 気付かないうちに、目尻から涙が零れ出していた。眼を瞑る闇の中で、空と一緒に居た映像が流れ出す――僕らの喜怒哀楽と共に浮かない顔、困惑した表情が走馬灯のようにフィルムがカタカタと音をなして、上映している。
 それら振り切るように、僕は口を開いた。
「別れて欲しい」だった。
 空の表情は分からない、僕は眼を開けて空を見れないでいた。弱い自分に嫌気が差す――空に対しても僕に対しても、そしてこれから付き合おうとしている女性に対してもだった。
「うん……」
 諦めに似た空の弱い声色。
「好きな人が出来たんだ、ごめん」
「知っているよ、そんなモノ君を見ていれば分かるよ」空の声が少し離れた所から聞こえて来た。「怜さんでしょ、最近仲良かったよね」
 だんだんと空の声が聞き取れにくくなってきたため、僕はベンチから起き上がる。眼を開くと、空が展望台の先の手摺りに手を掛けている姿があった。
「どうして分かるの?」
「今日で記念すべき三周年だよ、分からないハズないじゃないか」
 その後に「呼び出しの、電話の声で確信に変わった」と付け加えた。そうして「ハッキリと聞く、どうして私じゃ駄目なんだ、教えて欲しい」と、手摺りに背を預けて哀しそうに笑った。
 薄暗い中にある街灯は、まるでピンスポットのように光を空に当てていた。
 長い髪を一つに束ねアップにしていた、手には布のセンスを持ち、草履を履いている、空の姿は浴衣だった。肌色に似た薄いピンクの生地に紅が入る大きい花が五つ、明るい黄色の帯だった。
 昨年流行ったギャルがよく着る浴衣、僕が去年空に買ったユニクロの安い浴衣、でも空は照れながら喜んでくれた。一緒に夏祭りへ出かけた事を思い出す。そして今の空は大人の魅力に溢れていた、くねる身体から艶が滲んでいた。
「それより、どうして浴衣なんだよ」
「うふふ、今年が最後になりそうだったから……もう着れないかも、と思うと袖を通していたよ」
 乾いた笑顔、泣き笑いにみえた、悪い意味で。手段を選ばず情に訴えてくる空を想うと、込み上げてくるモノがある。でも、言わなくてはならない。
 が、「そうなんだ」としか言葉が出なかった。何を言えばいいか分からない、しかし――綺麗だよ――とは言えない、言えるはずがない。
「空、あのな……」
 空に嫌気が差し始めたのは今年、三年に上がって少し経った頃だった。劣等感と言えばいいのだろうか、何をしても僕より出来る空が徐々に嫌になり始めた。
 僕は元々何をしても上手ではなかったが、そこそこは出来ると思っていた。しかし空にはお手上げ状態だった。全てにおいて、セックスにしてもそうだった。僕はどんな事も空に教わり、自分でも自信を付けてきたが、空には勝てない。勝ち負けが問題じゃないにしても――対等になりたかった。
 だけど、決定的な出来の差が僕を駄目にしていく、好きの気持ちが次第に薄れていく。
 最終的に嫌気が差したのは、空の思いやりが、煩わしく鬱陶しく思い始めた事だ。ああすればいい、こうすればいい、と諭《さと》されると――僕の自尊心が傷つけられる。まるで母親のように振る舞う空に、苛立ちを覚えずにはいられなかった。さらに、そう思う自分が空に対して恥かしい想いで胸が詰まり、息苦しくなっていた。
 だけど、その事を空には言えなかった、言えるはずがなかった。それは空の人格を全否定する事になる――僕は逃げる事しか出来なかった。
 空が悪い訳じゃない僕が悪い、何も言い出せない一緒に考える事も出来ない、ただ僕が悪い。でも……もう一緒に居たくないのが僕の答えだ。
「怜は、どんくさくて可愛らしいんだ! なんか自分を見ているみたいで。元気だし、人懐っこいし……」
 満面の笑みを、僕はこれでもかと浮かべる。怜を思い出したように嫌味なほど楽しく振る舞い、さらに追い討ちをかける。
「えっち時は、ぎこちない手つきで一生懸命なんだよ。恥じらいもあって、すっごく可愛いんだ」
 空の表情は強張った。口元に手をやり、ふるふると震える。そして一歩踏み出した空は、僕に向かって近づいてくる。
「違うよ、その子の事は聞きたくない。私の悪い所を聞きたいのよ」
 痛い所を空に突かれた、あいつに誤魔化しは効かない。確かに怜とはえっちをしていない、空とのえっちが怠惰的になっている所を理由として指摘しなくてはならなかった。けれど、二年も付き合っていれば避けられないのは当然だった。
 ――全部言い訳、空に嘘は通用しない。
 僕の隣に来た空は、ベンチに座り肩を寄せる。
「君は私に理由も告げず別れるのか? 本当の事を言ってよ」
「言えないよ、空を傷つけるから……」
「もう、十分だよ……」空はたぶん予想はついていた。
 しゃんと背筋を伸ばし、硬い表情で僕を見据えた。
「……別れちゃやだよ、やだぁ、一緒に居てよぅ」
 不意に唇を奪われる。空に抱きしめられ、唇がぬるりと口周りを這う。熱くやわらかい唾塗れになりながら、唇を貪り合う。
「空……そこまでしなくてもいいよ、空は空なんだから」
 額同士を付けながら唇を離す、生暖かい吐息が頬を打つ。
「それは私が決める事だよ、別れたくないんだ。何でもする、君好みの女にいつでも……なる。だから」
 その言葉を聞いた瞬間、僕はしっかりした空の肩を両手で押した。眼を見開き、直視しながらいい聞かせた。
「空、僕を開放して欲しい」
 空は呆然とした、だらりと身体中の力が抜けた。――開放――という言葉で、別れる理由を悟ったようにみえた。
「きゅうきゅうだったの?」空は聞く。眼から大粒の涙が一つ落ちた。
「将棋のように、何十手と読みきられているように感じるんだ。空にとっては詰め将棋、僕は試合のつもりなのに」
「そんな事は――」
 はたと何か気付いたように言葉は詰まり、空の眼から涙が溢れ出した。ぼたぼたぼた――僕のズボンに涙が落ちる。じんわりと染み込んでいく、太ももが熱くなる。
 空は僕の手を取って、自分の胸に押し付けた。触りなれた豊満な胸の感触、空は胸元をはだけさせ、中に手を入れる。しっとりとして吸い付いてくる、腕にも熱い涙が落ち続ける。
 空は又僕の唇を奪い、重ねたまま「いいよ、最後だね」と呟いた。僕は「本当に好きだったんだ、空」と、不適切と分かっていても言わずにはいられなかった“好きだったんだ”と、過去形なのは分かっている……しかし、もしかしたら空を抱けば、気が変わるかも知れない。空も近い想いだろう、あと僕を惹きき付けるのは、身体のふれあいだけになったんだろう。
 いじらしくなってきていた、今でも大好きだ。空がそこまでして僕を引き止めようとしている。
「私の身体、好きにしていいよ」と空。
「ばかやろう……ごめんなさい」僕は、何もかも交錯する。
 胸に顔を埋めて、そのままベンチへ身体を倒した。空は僕の眼から視線を外さない。眉をひそめ、じっと見据える。強い想いが視線に込められている。
「ご主人様……滅茶苦茶にして下さい。お願いします」
 先ほどと変わらない硬い面持ち、掠れた声で弱々しく言い放つ。それを受けた僕は、どっと滝のように涙が流れ、空の頬に落ちて強張る唇の隙間へ流れ込んだ――俺は空を追い込み、そこまでさせた。
 空と僕、涙でどろどろになりながら、乱暴に唇を重ね続ける。二年前の今日のように、ぐじゃぐじゃになりながら抱きしめ合う。涙の意味合いは違うけれど、この瞬間は、あの時も今も変わらず前向きな気持ちだった。お互い頑張ろうと必死になっている。


 ☆


 蝉の亡骸は辺りに転がり、虫たちの合唱が音楽だった。暗闇の中、街灯に照らされ僕たちは重なり合う。甘い吐息は虫の鳴き声と共に溶け合って、吸い込まれ消えてゆく。どこか乾いた気持ちを押さえ込み諦めの中、お互い身体を貪り合う。脚が腰に纏わりついて、幾度もなく中で果て続けた。泣き声なのか喘いでいる声なのか、奇声に似た吐く息が、互いに絡み合いながら風に掻き消されていく。
 沈んだ太陽が又昇り始めるまで、その愛を確かめる行為は続き――そうして言葉が変わり、回数だけをひたすらこなしていった。涙が乾いても、涙が出なくなっても、僕と空は雫を垂らし続けた。


 ☆


 それから日が経った。夏が過ぎ、交わす言葉数が少なくなる一方で秋も通り過ぎた。答えが出尽くして、冬休みに入る頃――結局僕は怜と付き合い始めた。
 その後日、空からメールが入り「おめでとう」の一文があった。
 これが便箋だったら、どうだったのだろう――紙が汚れていたのだろうか、文字が滲んで読めなかったのだろうか、それとも……小奇麗に汚れもなく、何も感じずしたためたのだろうか。
 自然消滅さしておいて、未練がましく思う俺を殴り飛ばしてやりたかった。

  1. 2006/09/03(日) 23:40:23|
  2. 短編作品|
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