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 アイドルマスター関連はpoolpの才能の枯れ具合により、当面の間、休業することになりました。
 このブログも休業みたいなものですが、素直クールなど執筆活動なんかはライフワークみたいなものなので、細々と活動していきます。
 なにもないとは思いますが、なんぞございましたらコチラ→ 
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 ○アイマスRemix/iM@SHUP

THE IDOLM@STER iM@SHUP/REMIX#1 by poolp

THE IDOLM@STER iM@SHUP/REMIX#2 by poolp






  1. 2020/03/08(日) 21:18:06|
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リレー小説

 みなさーん、元気ですかぁ? どうも、あけましておめでとうございます。記事です記事。ウチのブログではリンク切れしてますけど、鏡一郎さんとイトウちゃんでリレー小説することになりました。

 鏡一郎さんは 鏡の中の鏡

 イトウさんは 小説解体

 それぞれぐぐって下さい。(笑)

 トップバッターってことで、あんまりオナヌー小説にならないように、ちゃんと意識して書いてます。とりあえず読めると思います。この後どうなるのか楽しみなんですが、イトウさんか鏡一郎さんか……どちらに回したらいいか悩んでいます。

 まーなるようになるでしょう。(あいかわらず、てきとう)

 それではpool先行でリレー小説、はじまりはじまりぃー。

 ○~追記~

 リレー小説完成しました。二人ともいい味が出てていい感じに仕上がってます。今回も楽しかったです。一年前とは全然違って、小説の方向性が違うとこんな具合になるんかーと関心しましたね。ほんと。笑いました。

 

 JR大阪環状線、大阪駅下車、ほろ酔い加減では丁度良いが澱酔状態ならば結構鬱陶しい、五分ほどに歩いた場所が新地になる。いまは無き学研都市線の、現在では東西線の終電駅が北新地駅。大阪市民は、梅田の新地である。
 松屋町筋、御堂筋、四ツ橋筋と並んでいる。その南北に伸びた御堂筋の北側に梅田があり南側に難波がある。大阪の二大繁華街である。
 新地と呼ばれるものは他に、旅館料理組合の新地が阿倍野にある。が、しかし、大正情緒漂う長屋の店先にお姉ちゃんを座らせて女将が通行人を呼び込んだりする。売り買いの縮図を想わせる飛田新地とは、新地は新地でも新地違いである。
 そんなことを考えながら、poolは北新地に着いた。吐く息が真っ白だ。ビルの合間から吹き抜ける乾燥した風が、全身を刺す。冬真っ只中の、正月、三が日の二日目だった。

 poolは駐車場代が高い、と罵り、罵声をあげながら無人パーキングに頭から軽自動車を突っ込み、車から出た。北新地まで歩いて十分ほどある離れた場所だ。何かと梅田に用事があるとこのパーキングに車を停めるが、慣れたとはいっても面倒くさい。東商店街の最果てになるのだから。
 丁度、そのパーキング付近に風俗が密集しているので、勧誘はないが、無意識に足が向いてしまう。俺、新地なんて普段行かへんからなぁー、と悪態を吐きながら新地へ向かう。正直、アイツに逢えるから、こうして行きたくもない新地に向かうのだ。看護婦を志す女子学園という安直だが染み入る風俗が、俺を呼んでいる気がする。poolは、淡くぼやけたピンクがかるアイボリーの看板に見入る。目を逸らして、急ぎ足で向かった。アイツに救われた、とpoolは呟いた。
 平日だといえども、午後の九時にもなると人が溢れ返っている。スーツでかためたキャッチの兄さん、サラリーマンにOL、家出少女やらお水の御姉様まで幅広く取り揃えられいた。アニソン縛りをしていそうなカラオケ屋帰りの集団をみると、すこし羨ましくもおもえた。poolは苦笑した。
 東商店街を抜け、阪急百貨店を通り抜けると大阪駅だ。せっかちな大阪人向けに信号が赤から青になるまでの時間を表示する歩道がある。待ってりゃーそのうち信号変わるやん、とpoolはツッコミを入れる。
 この辺りまで来ると街灯やネオン管が減り、大阪駅の裏側にあるヨドバシカメラもライトアップされてはいるが、息を潜めている。急激に明るさが失われ、その東商店街との落差が、侘しさを感じさせた。
 キュっと胸を締め付けられて、poolは大阪駅前の巨大な歩道橋を渡る。身を捩るように伸びた壮大な歩道橋は梅田の象徴のようである。四方を囲む、阪神百貨店、中央郵便局、JR大阪駅、阪急百貨店。
 アイツに逢えるとおもうと、多少過敏に、感受性が高まってるような、そうpoolは頬を和らげた。胸がチクチクとしている、恥かしさがこみあげてくる、努めて無表情を意識した。
 歩道橋で空を見上げた。近い夜空が流れている。星が申し訳ない程度に輝いている。カルテットのジャズマンが歩道橋の下でトランペットに息を入れる。小作りなドラムと電子ピアノの平坦な音色のザックバランな雑音に悩まされた、異様なまでのペットの咆哮だった。poolは、その艶かしく異彩を放つ管楽器特有の硬質な雄叫びに触れ、身震いを起こした。径数百ミリの先から繰り出された音色が具現化したような気がしたのだ。うねっていた。螺旋状にうねって、音色が上昇していた。
 その様が非常にエロティックだった。乳房から股までを描いた、なみうった曲線だった。なだらかであり挑戦的なラインを眺めながらエロスを感じ、昇華する咆哮が阪神百貨店と阪神電車の看板を掠め、その様に文学を垣間見た。
 poolは感傷的になり、羞恥心と感動がない交ぜになって、一人独白した。地理面と新地違いに。
 歩道橋を下り、舐めるように阪神百貨店を側面に沿って進み、早朝から病的に人が並ぶ宝くじ売り場をかわして、新地に紛れ込んだ。
 やけに生活熱がない新地は、切りつけるように風が吹き抜け、寒さに堪えた。自然に頬と脚が、不自然に小刻み笑った。poolも笑った。この新地の空々しい、凍てつくような寒さに笑ったのだが、更に目的の店が入っているビルの看板に笑ってしまったのだ。
 七階建てだとおもわれる細長いビル。水垢が付着して汚れていたが、綺麗に周りとの調和がとれ同化している。側面に、縦長く看板が吊り下がっていた。七個のブロックで区切られて連なった看板。上から、ラウンジ彩華、クラブ島津、とある、下から二番目に目的の店名、鏡がある。とてもその業種が想像出来ないほどに、鏡は溶けこんでいた。違和感がなかった。
「なんちゅー店出しやがんねん」
 笑いながら、おもわずpoolは口に出した。
 脱サラして作家になると宜い、食い繋ぎで店をはじめた盟友、鏡一郎に会うのも何時ぶりぐらいだろうか? 大阪に新しい店を出すと聞いて、poolはお祝いに駆けつけた。それは些細な理由付けで、実際には異なっていた。
 一年ぶりになるのだろうか? と、poolは大トロ事件を思い出していた。ダシはこれだ、と久方振りに会う盟友との会話の無さを危惧して、おもいあたった。
「ツカミはコレで行きましょうか!」
 poolは気合を入れた。常に張っている腹に力を入れ、玄関ホール足を踏み入れた。
 エレベーターが、ひゅぉーと無限永久機関の制御音のような音色を醸し出して到着した。中からアルコール臭い使用済みコンドームのような面《つら》の、スーツで体裁を整えて廃棄物に仕上がった中年男性が二、三人出てきた。
 廃棄ダクト。ごみくずを外に棄てる設備。感傷や感受性を引きずっていたpoolは、取り留めもなくエレベーターを揶揄して、逃げるように階段を駆け上がった。
 苛立ちを抑えることが出来ず、鏡の重厚な鉄板を蹴り開けた。
「いらっしゃいませ! 新年、明けましておめでとうございます」
 中に入った瞬間、聞き覚えのある透度の高い男の声が響き渡った。
 poolは、作家になると脱サラして商売をはじめた鏡一郎の声がさわった。苛立ちが憤慨にかわった。
「作家志望の自称小説家気取りの物書きは、非生産性の不可燃廃棄物だと! 自覚してんねんから傷口を抉るなボケ。自覚もない痴呆症のネット小説家よりはナンボかマシじゃー!」
「目糞鼻糞でしょうpoolちゃん。お久し振りです」
「鏡ちゃん。ホントのことは言わないの! お互い、羞恥心だけは忘れないようにしようね」
「全くです。しかし、変わらないといいますか、poolちゃん……本当に馬鹿ですね」
「うっさいわ!」
「馬鹿は馬鹿なりに、何か厭なことでもあったんですか?」
「さっき一階でべろんべろんに酔っ払ったおっちゃんみてやー、すっげー嫌悪したんよ。同質嫌悪っていうん? 多分単語は違うと思うけど、そんなん。他人の振りみて我が振りなおせってやつ? これもニュアンスかわるけど、そんなんそんなん。しかも鏡ちゃんの声聞いて、脱サラして作家になるとか、頭が悪い通り越して羨ましくもあるとか、意味わからんようになってやー。羨ましく思ってもうた自分に、アカンわ脳味噌醗酵して、そんな醗酵技術要らんねん! 腐ってるんと醗酵してるんて、内容、変われへんやん! 身体に害があるかないか、だけやん。ってな、自称小説家は有害指定受けてんのに自尊心だけは気高く社会適応性も希薄やのに自覚がない分、性質悪いわな。そう思ったら逆切れしたわ」
「どんなブチ切れかたですか。自覚してない可哀相な人が多いんですから、そっとしておきましょうよ」
「まぁ鏡ちゃん。自覚してても自称小説家の作家気取りしてる俺らはどうなん? って感じなんだよねー」
「細々と道の端っこ歩いてたらいいんじゃないですか? 溝に片足突っ込んで、開き直っていればいいんですよ」
「やんなー鏡ちゃん! なんか、救われるわー。溝で足元掬われたぁー」
「そんな文学的な漢字の駄洒落やってるから、作家気取りが――やめ――られないんですよpoolちゃん。と言っても、既に病んでますけど、ね」
「俺も鏡ちゃんも、お互い駄目文化人に首まで埋まってるね。なんか、生きるって難しいよ」
「いや、全く」
 逃げようのない作家気取りで自称小説家の物書きふぜいのジレンマに打ちひしがれて、二人は押し黙った。鏡一郎は無言でおしぼりと、湯呑みに注がれたお茶を差し出した。玄関とカウンターでのやりとりだった。一枚板のカウンターにおしぼりと湯呑みが置かれ、コトンと鳴った。
 poolはスツールに腰をおろした。ぐい、と一気にお茶を飲み干した。
 冷めきったヌルいお茶だった。出涸らしだった。
 鏡一郎はこういうヤり口の男だった、とpoolは燻った。他意があって悪意がある男だった、と思い返して反芻した。
 しかしpoolは、鏡一郎という男を嫌いになれない、どこかで惹かれあっている、だから容認してしまうのだ。悪意のある冗談といっていいのだろうか? poolは鏡一郎のヤり口と他意に充足を覚えてしまう。安易な表現だが、好きな女の子に小馬鹿にされても喜んでしまう、といった感情に近い。poolは自分の安っぽい喩えに嘲笑した。
 軽食のような戯言を一通り咀嚼したpoolは、店内を見渡した。
 無数に吊り下がるスポットが、やわらかく黄金に滲んでいる。闇の中に、蛍のようにじんわりとひろがるスポットが、モザイクを演出している。テーブルには各スツールに対して二つのキャンドル。陶磁の器に液体の蝋が波うち、芯が浸っている。灯りが陶磁器から溢れている。しかし、poolのテーブルには灯りがなかった。ボックス席はなく、十人ほど座れるカウンターがあるだけだった。客はpoolだけった。
 鏡一郎に目配せをすると、鏡一郎は背に面した棚から一本のボトルを取り出した。
「poolさん、マッカランでいいですか?」
「ジョニ黒ないの?」
「あいにく、ウチはマッカランしか置いてないんですよね」
 目があった。不自然なく目があった。そこには偶然や必然の生まれる余地はなく、ただ目があった。
 鏡一郎は含み笑った。受けたpoolは、ほくそ笑んだ。
 poolは表向きの、新店の祝辞を送ろうとしたが、やめにした。鏡一郎の含み笑いから、求められていないことを悟った。所詮、俺自身が新店に興味もない、実にどうでもいいことだった。poolは、頬をあげ骨格を貼りつけながら、マッカランをひったくった。
「なあ鏡ちゃん……注文いいかな?」
「なんに致しましょうか?」
 鏡一郎は職人の顔になった。びっしりと額に汗が付着している。捻り鉢巻を締めなおし、額の汗を拭う。
 まな板には、出刃包丁、刺身包丁、鉈包丁。研ぎ澄まされ、鈍く黒光りしている。
 poolの注文をきく前に、鏡一郎は厚さ百五十ミリの天然石おろし器をまな板に放り投げた。使い込まれて擦り減ったホーロー製のボウルを置いた。嫌がるように円を描いて揺れている。
 つるつる……吸引音。pool、鏡一郎、同時に息を吸った。
「大トロ!」
 ハモった! 和音が成立した。
 poolの、甘いテナーの響き。鏡一郎の、メゾソプラノの乾いた響き。重なりあい、明朗なハーモニィ。
 鏡一郎は、ですよね、と満面の笑みをうかべた。
「いや、大トロ事件、懐かしいですよね」
 鏡一郎は渾身の手捌きで、食材をさばいていく。しゃこしゃこ――おろし器が本領を発揮する。鏡一郎は調理しつつ、合間にpoolの面持ちを覗き込む。
「そうだよねー、あの事件から鏡ちゃんとは会わなくなったんだよねー。あれが最後になるのかな?」
「ですね。もう一年でしょうか……。こうやって再会出来たのが嬉しい限りです」
 ふーん、と曖昧に相打って、poolは天井を眺めやった。煤汚れている。蜘蛛がちらほらと巣をつくっていた。その精巧な幾何学模様に目をやりながら、胸ポケットからハイライトメンソールを取り出した。
「鏡ちゃん、煙草、吸って、いいんやんね」
「はい」
 すぅーと、鏡一郎からバーナーが差し出された。幻影的な青白い炎が噴出している。氷で急激に〆た鯛の表面を炙る、あのバーナーである。poolは邪険に差し出された手を腕ごと払いのけ、パンツの後ろポケットからマッチを取り出した。
 ――焼肉屋小説解体、と印字されていた。
 薄く伸びたスポットを頼りに、鏡一郎は盗み見た。
 バーナーを持った手が一瞬、止まる。poolの前髪が軽く焦げた。熱っ! の声がなければ、額の骨まで焼き切っていた。鏡一郎は明らかに動揺していた。
 poolは焦げた前髪を千切った。そしてほくそ笑んだ。正方形の折り畳み式マッチを開いて、中から最後の一本を引き千切った。デコボコに引き千切られた十本のマッチの痕が、痛々しく在った。
「えへへ、鏡ちゃん。これが最後の一本……。これで焼肉屋小説解体の証明がなくなったよ」
 酸素とプロパンが融合して攪拌されたバーナーの炎が徐々に消されていった。キュッキュと火力を調節するノブが悲鳴をあげた。
 鏡一郎は無言だった。下を向いて食材を摩りおろしていく。口元が綻んでいた。
「ねー鏡ちゃーん。焼肉屋小説解体……覚えてる? あの日、大トロを小説解体に運ぶ途中、大トロがハマチだったこと――覚えてるよねー。覚えてるよね、覚えてるよねーきょーちゃーん」
 poolは鏡一郎に向かって、絡め取るようにねちっこく纏わり吐いた。
 返事はない。poolも期待していない。鏡一郎はボウルに向かって、ひたすら擦りおろした食材を詰め込んだ。
 焼肉屋小説解体の終焉を決定付ける一本のマッチ。poolはマッチ箱を折り畳み、マッチの先にある真紅の蝋をヤスリと紙の間に固定した。
 poolは、鏡一郎を、睨みつけた。
 力の限りをふりしぼり、マッチを引き抜いた。
 マッチの先に火が燈った。
 一枚のカルビ肉が焼けるような、燻った音だった。蝋が鳴いていた。蝋の根元から燈り火の先まで、虹色に変色して泣いていた。
 震える指先。煙草の先に燈り火をやり、深く煙草を吸いこんだ。
 摂氏千度を超える火種は、寿司屋鏡の薄闇の中に、宝石の輝きを放った。
 目が眩むほどだった。
 一年越しの、焼肉屋小説解体の、終焉の、宝飾だった。
 マッチの蝋は炭化して炎が消えはじめる。poolの小刻みに震えた指先から滑り堕ちたマッチは、塩ビフローリングの床を焦がし、溶かし、穴をあけ、鎮火した。
「鏡ちゃん、知んない? ……イトウちゃん」
 poolの背筋がぴんっと伸びきって、硬直している。両膝が激しく貧乏ゆすりで暴れている。
 鏡一郎の額に汗が滲み出ていた。捻り鉢巻は汗に侵食されていた。張りつめられた神経が切れそうなほどに鏡一郎の面が歪んでいる。左頬がピクピクと、アシンメトリィに吊りあがっている。
 ハイライトメンソールから、幾重にも交差する真白の線が立ち昇る。その煙をまともに浴びた蜘蛛は、するすると逃げ惑った。幾何学が揺れている。
 その空間は、重圧が支配していた。薄らぼんやりとした世界に、仄かに灯りが滲む。幽かに存在する二つの人影。重圧。だった。
 イトウちゃん、その言葉には強烈な熱量があった。全てを瓦解させる鮮明な真実。
 アイツに逢いたかった。イトウちゃんに逢いたかった。焼肉屋小説解体のイトウちゃんの笑顔が眩しかった。poolはイトウに焦がれていた。あの事件でイトウを喪失したpoolは、作家気取りの自称小説家になれたのだ。それまでは、羞恥心のない白痴のネット小説家だった。イトウを失ったことで、poolの中で何かが弾けた。
 噎び泣くことで自虐と自覚を覚えた。皮肉にせせら笑うことで、自己の薄っぺらいエンタ性に気付かされた。自身を、非生産性を売り物にした産業廃棄物と揶揄出来るまでになっていた。
 焼肉屋小説解体が華やかに営業していた頃、あの大トロ事件が起きた。鏡一郎が大トロを用意して、全てが台無しになった。結果として本当に焼肉屋は解体された。寿司屋鏡は保健所の職員が殺到して営業停止処分となった。その職員らが将棋倒しになるほど占拠された寿司屋鏡は、まさに鮨詰め状態だった。
 イトウは行方をくらまし、鏡一郎は逃げ出すように都落ちをした。poolはイトウの消息を辿りながら、アルバイトで食い繋いでいた。駄作を積み上げて、中間文学を模索していた。
 あの大トロ事件が、三者三様の精神的外傷を刻み込んだ。
 鏡一郎が丼鉢を高々と持ち上げた。丼鉢表面が水面張力で盛りあがっている。たぷたぷと気泡が膨らんで波打っている。poolの眼前を掠めて、テーブルに丼鉢が差し出された。
「はい、注文の品」
 鏡一郎はいった。興奮を隠し切れなかった。声がうわずって、ひっくり返った。
 poolの暴れ狂っていた貧乏ゆすりがぴたり、ととまった。ブロンズ像と紛おうばかりのpoolの硬直。眼球のみが下方へ移動し、その丼鉢に視線が注がれた。
 確かに注文の品だといわれれば、注文の品だった。鏡ちゃんが確固たる自信の元にこれは注文の品だと言い張れば、抗うことは不可能だった。
 波打った真っ白の粘着体。気泡が表面を覆いつくし、ふごふごと呼吸をしているさま。丼鉢が揺れ、白い粘着体が踊っている。舞っている。確かにそれは、紛れもなく、トロロだった。
 多量のトロロ、大量のトロロ――
「テメェ、これ、大トロロじゃねーか!」
 鏡一郎はしごく真面目な面。
「大トロロですよ!」
 吼えた。鏡一郎が野太く吐き出した。
「逆切れかよっ、ビックリするわ。なんでやねん!」
「ええ、ウチの店は大トロの注文があれば、新鮮な山芋を十五個を擦りおろして一貫分のシャリに載せたもの、を出すんですよ」
 poolは抗えなかった。事前に思案していたことが現実となった。一度営業停止処分となった過去を振り返ると、大トロが出るなど到底おもえなかった。考えが甘かった、とpoolは痛感した。
 放心状態に陥りかけたpoolは、意識を散らして耐えるよう奮闘した。
 ジリジリとハイライトメンソールの火種が、フィルターに向かって腐蝕していく。炭化した葉が零れ落ちていく。放射線状に舞い散り、はらはらと大トロロに絡め取られた。
 挙動不審にpoolは動躍した。地団駄を踏み、灰皿を探した。髪が乱舞して、角質《ふけ》が飛び散った。灰と雑じり、見分けがつかないほどだ。
 この鏡一郎の逆切れっぷりに、poolは驚愕した。目線を合わせられない。
 慌てふためいて、poolはテーブルに並ぶ二つの陶磁器を見つけた。即様、灰皿の代わりとハイライトメンソールを投げ入れた。
 刹那、爆音が轟いた。
 陶磁器から火柱があがった。
 一枚板のテーブルの一部が抜けた。天井の蜘蛛に突き刺さった。
 陶磁器の真下のテーブルに径三百ミリの穴が刳《くり》り貫かれ、真黒に焦げあがった蜘蛛らしき物体が降ってきた。
 poolはおずおずと鏡一郎をみた。流し見ることも盗み見ることもできず、ただただ鏡一郎をみたのだ。
「いやだなーpoolちゃん。それキャンドルグラスで、灰皿じゃーないですよ」
 青白い、鏡一郎は蒼白の面だった。色彩が失われ、こめかみに薄っすらと静脈が浮きあがっている。ひくひくと脈うっている。こめかみが蠢いていた。口唇の際がひろがりきっている。頬の肉が盛りあがる。目尻が垂れさがっている。顔面の神経を萎縮させて、口唇、頬、目、が違和感なく和らいでいた。
 不可解で意味深な、滲み出る鏡一郎の寛容と慈悲。
 唇が痙攣する、わななく、poolは恐怖に慄いた!
 鏡一郎の真意が読めない。怖い、鏡一郎が怖い。慄然と呆ける自分自身の感情が、ちぐはぐだ。鼻水、涙、汗、涎、尿、そして吐き出される交感神経にる脳内麻薬。生理現象を制御できず胎内で排泄される。自身で並べ奉った文豪気取りの事柄を改めて咀嚼して、自身の混乱ぶりに唖然とする。と、poolは高速回転する回りくどい表現に愕然とした。
 頭を抱え、poolは蹲った。額を何度も打ちつけると、その衝撃を塩ビフローリングはべたっとした音色で吸収し、鳴いた。額が紫に変色してゆく、poolは息を殺し、呪詛を唱えつづけた。永遠をおもわせた。
 ――他意が、他意が、他意が、他意が、他意が有る。他意が在る。他意が或る。他意があって然るべきだ。悪意は許容するから、他意を欲する! お願い、他意を、他意を。他意を……
 一縷《いちる》の望みを頼りに、poolは懇願した。
 poolのパンツは、トランクスを貫通した汚物で塗れている。塩ビフローリングは汚物を吸い込み、もりもりと盛りあがている。
 鏡一郎は失笑した。冷笑の声が床を這い巡る。
 poolはうたれ、号泣した。
「すみません、よく聴こえないんですが……。鯛ですか? 鯛? えっと、鯛は生憎切らしてまして、山芋と葱と赤味噌しかないんですよねぇ」
 本意か他意か、本気か冗談か、鏡一郎の発言がpoolの神経を砕いた。
 poolはひっくり返った。アルツハイマーに蝕まれた老人の発狂、失死量を超えるほど殺虫剤を散布されて神経がすり切れた害虫。poolはえび反って手足をバタつかせて、泣きじゃくっていた。
 鏡一郎は咳払いした。ちょっとやりすぎたか? と呟いた。
「poolさーん。鯛はないですけど、他意はあったんですよー」
 間延びした鏡一郎の言葉だった。「いやね、色々あった方が、感動がより効果的になるでしょう」
 poolの動きが静止した。
 鏡一郎は汗だくになった捻り鉢巻を投げ捨てた。宙を舞う捻り鉢巻。鏡一郎の躍動感溢れる跳躍。一枚板のカウンタに乗り上げ、鏡一郎は滾った!
「メイドインジャパン! ジャパニーズテクニカル! フリーズドライと並ぶ、日本が誇る屈指の技術。人体造形と高らかに誇っても過言ではない! そう、一年と数ヶ月を要して創りあげられたそのさまは、整形技術の極み。登場してもらいましょう、パーフェクツ、イトウちゃんです!」
 スポットが消灯した。鏡一郎が乗り上げた衝撃で、火柱によって刳り貫かれたカウンターが崩れ落ちた。鏡一郎は尻餅をついた。poolと並ぶ。店内に突風が吹きこまれた。急激に温度が下がった。入り口に人影があった。重厚な鉄板が開かれている。薄暗い廊下の蛍光灯が人影を背中から照らしている。逆光。人影がシルエットのように浮かびあがっている。鏡一郎はpoolの肩を組んだ。poolは息を呑んだ。ごくりと鳴った。
 人影の袖口はひらひらと揺れていた。二つの結われた髪の毛の根元にリボンがあった。フレアのスカートがやわらかく遊んでいる。シルエット状の人影のために、確認できたのはそこまでだった。
「poolちゃん……おひさしぶりです。逢いたかったよぉー。ねぇpoolちゃん。前みたいに、また、お肉、焼いてあげるね。なんだか嬉しくて、泣いてしまいそうです」
 ぱたぱたと足音を奏で、ぱちぱちとスイッチを入れる音が響いた。
 強烈にスポットが輝いた。惨劇が聡明に映し出さた。
 人影はイトウだった。
 声帯が移植されたような可愛らしい声色。下を向いて涙をためるイトウの姿は女性だった。イトウの足元に雫が零れた。赤茶のローファーに涙が落ち、はじけた。

執筆者:鏡一郎
執筆者 WebSite:
鏡の中の鏡
執筆枚数:19枚 

 あなたの事を許した訳ではない――と。イトウは鏡一郎に対して、そう告げた。
 その一言で鏡一郎の表情は苦渋に歪み、けれどもその唇は笑みを形作っていた。鏡一郎は絶望するとともに、安堵したのだ。その安堵の理由は少し複雑で――。
 悪意のあるジョークを売り物にし、他意のある本質を見せびらかす人間関係を構築する鏡一郎にとって、イトウやpoolとの関係などに価値は感じられなかった。けれども、自らの見えていなかった価値を、これでもかと言うほどに痛感してしまう出来事が起こったのだ。それは全面的に鏡一郎に責任のある出来事だった。
 そう。大トロ事件――。
 イトウの経営する焼肉屋「小説解体」から、鏡一郎の経営する寿司屋「鏡」に発注された大トロの握り。それも百貫近く。これはいい商売になるとほくそ笑んで、鏡一郎は仕入れたばかりの巨大なマグロに向かい合った。両手指に合計八本の包丁を挟み込みながら。
 けれども――悪魔が囁いた。
 もっと良い儲けにしてもいいんじゃないか、と。
 目先の利益に目が眩んだ――いや、目先の損失に目が霞んだ、とでも言おうか。
 そして鏡一郎の視線は、ある一点に釘付けになったのだ。仕事場の奥、今まさに捌こうとしていた魚類。まな板の上の、ハマチに――。
 稀にバイトとして店に出入りしていたpoolに配送を頼んだ。それが、鏡一郎の転落の始まりだった。poolは気付いたのだ。鏡一郎の作り上げた作為と悪意と他意の固まりに。見るからに大トロの形をしたそれは、けれどもよく味わってみると大トロではなく――。
 それに気付いたpoolは前後不覚になり、涙と鼻水と涎とその他色々なモノを撒き散らしながら小説解体に駆け込んで叫んだのだ。こんな事だから戦争がなくならないんだ――と。
 そこからの展開は言うまでもない。
 保健所、警察、なぜか税務署まで押しかけてきて、店を畳むどころか、正社員扱いにしてあるpoolを利用して行っていた脱税の証拠まで突きつけられ投獄されそうになった。そこは機転を利かせて上手くのりきり、逃げるように大阪へと帰ってきたのだが――。
 三人の関係はそれっきり、パッタリと途切れてしまった。
 それは予想以上に、鏡一郎の心に影を落とす結果になってしまった。今まで感じた事のない感情――罪悪感や喪失感と呼ばれるそれの正体に気付くまで、鏡一郎はただ悶々と日々を過ごしていた。心の中に溜まった膿は次第に次第に大きくなり、心の表皮が限界にはち切れそうになって初めて、鏡一郎は行動を起こした。
 あれ以来ずっと行方不明になっていたイトウを探し出そうと決めたのだ。
 そして鏡一郎は紆余曲折こそあれ、イトウを探し出した。
 そして投げかけられた第一声が――。
「鏡ちゃんの事、許したわけじゃないです。許せないです」
 鏡一郎の表情は、条件反射のように悲しく歪む。けれどもその口元には不可解な笑み。
 鏡一郎は安堵を感じていた。罪悪感で苛まれているが故の安堵。イトウはまだ自分を許していない。イトウは自分を責めている。それでいい。それが正解だ。もっと責めてくれ。もっと自分を責めてくれ。責める事によって心の中をジクジクと湿らせている罪悪感を拭い取ってくれ。睨みつける事で心の中にこびり付いた喪失感を剥ぎ取ってくれ。
「ねぇ鏡ちゃん、どうやって私の事見つけたの? 大変だったでしょ?」
 なんで女の格好しとんねん――とか。なんで女の言葉遣いになっとんねん――とか。そんな無粋な突っ込みはしない。鏡一郎に、そんな権利は存在しないのだから。あの大トロ事件は、三者三様の傷跡を、それぞれの心に刻み付けた。彼の今の姿がその結果であろうとなかろうと、彼に大きな心変わりがあった事に変わりはない。
 それになにより、イトウは美しかった。造形美――とでも言うのだろうか。その姿には否応なく目を奪われる魅力が、厳然として存在していた。そして彼自身、それを自覚しているようだった。三秒に一回、鏡に映った自分の姿を確認してニンマリと微笑む仕草からも、その事実が見て取れる。
「ねぇねぇ、どうやって見つけたのー? 教えてよー」
「いやまぁ、どうやってって言っても。普通ですよ。普通に探せば人間一人くらい簡単に見つかるもんですよ。探偵を雇うなり興信所に頼むなり――」
「うそ。普通の探し方じゃ私は見つけらんないはずだもん」
「……」
 そう。見つけられなかった。
 イトウの消息を探し回るうちに遭遇した、激しい妨害工作。その果てに行き着いた巨大な組織の陰謀。C4爆弾とデザートイーグル、それにPSG-1を駆使したシチリアマフィアとの争い。そしてアジア全域で「死神」と恐れられる殺し屋との決闘。そしてなによりも、インターネットを介した頭脳戦。
 それだけで原稿用紙千枚、上下巻にも及ぶ大作を書き上げ、さらに日本冒険小説大賞、日本推理作家協会賞、大薮春彦賞を三賞同時受賞出来そうなほどの体験だった――が、そんな事はどうでもいい。重要なのは鏡一郎がイトウを見つけ出したと言う事実だけなのだ。
「ねぇ鏡ちゃん、ほんとうに久しぶりね。まだ許したわけじゃないけれど、ちょっとお話してもいいかな――なんて思ったりして」
「それは光栄です。こちらもお願いがあって参上した次第ですし」
「お願い?」
「――ええ、お願いです」
 そう。鏡一郎は自らの罪悪感と喪失感を帳消しにするために――たった一つの願いを聞き入れてもらうためにイトウを探したのだ。
「お願いって何?」
 それは鏡一郎が覗き見ていた一人の男に関係する願いだった。
 その男が原因となり、鏡一郎の心の表皮は罪悪感と言う名の膿ではち切れそうになったのだ。
「poolちゃんに、会ってやって欲しいんです。そして以前のように、仲良く――」
 イトウは微かに、眉をしかめた。
 もちろん鏡一郎だって都合のいい願いだと分かっている。それでも聞き入れて欲しいのだ。そのくらいの刻苦は、恐らく十分に支払った。
「poolちゃんはね、イトウちゃんを探し回ってます。彼はあなたに焦がれている。イトウちゃんを求めているんです。彼を見ていると、俺は辛い。罪悪感が軋むんです。彼の焦燥は、彼自身の作品を読んでも分かるんです。あの中間文学の模索具合は、明らかに迷走しています。彼は自分の着陸すべき場所が分かっていないんです。あなただって読んでいるんでしょう? 彼の、宝石の原石のような作品を――」
 はっ――と。イトウはその端整な表情に動揺を滲ませた。
「あなたには明確な目標地点がある。それは純文学と言う名の着陸地点。俺は一般大衆小説――それもややライトに偏りがちな一般小説と決めているんです。しかしpoolちゃんは……だからこそ、彼に道を示してやって下さい。あなたなら、出来るんです」
 イトウは下唇と噛んで、じっと俯いていた。
「それは鏡ちゃんだって出来るんじゃないの? いや――そもそもそんな道は自分で見つけるものであって、人から教えられるものじゃないよ――」
「分かってます。けど――」
「耐えられない? 罪悪感に」
 頷く事も出来ず、鏡一郎はじっと佇んでいた。
 ここはイトウの家。彼が暮らしているマンションの一室だった。
 JR大阪環状線と京阪本線の交わる大きな駅――京橋駅にその住処はあった。よく待ち合わせ場所に使用される、京橋の時計下。JRと京阪の連絡口であるそこを左に逸れ、まっすぐ歩いた場所には小さな商店街がある。それを抜け、さらに歩くとそこはオフィス街。そこを更に抜けると住宅街なのだ。閑静とは言い難いその場所に、彼はひっそりと住んでいた。
 少女趣味な部屋の中――小振りな机の上に撒き散らされた、手書きの原稿。
 彼は昔から原稿を手書きしていた。何度、PCで書けよと突っ込もうと思ったか――。
「ねぇ鏡ちゃん」
 話題を変えるように、彼は色っぽい声を出した。
「私、鏡ちゃんのお寿司食べたいな――握ってよ、ねぇ」
 条件反射のように、鏡一郎は職人の顔になった。その額には瞬時に汗が滲み出る。
「お客さん、ご注文は」
 両者、しばしの無言。そして示し合わせたように――。
「大トロ!」
 ハモった。和音が成立した。
 ハモった瞬間、すでに鏡一郎の手には八本の包丁が握られており、台所にはすでに購入していた寿司の材料が置かれていた。
 空気を切り裂く鋭い音をたてて、鏡一郎の包丁が振り回される。概算不能の短い時間の中で、何枚にも卸されるネタ。宙を舞う包丁の煌きと水しぶきを、イトウは愕然として見つめていた。これが――これが寿司職人鏡一郎の本当の姿なのだと。
 ネタが宙を舞っている間に、鏡一郎の手は一瞬でシャリを握り終えている。
「お客さん! さびはどうしましょう!」
「大目で!」
「はい、さび大目で!」
 ネタがシャリの上に落ちるコンマ数秒の間に、さびを塗り終える。
「へいおまち!」
 イトウの目の前に差し出された寿司は、ピンク色で柔らかそうで、口の中に入れればきっと蕩けるに違いないと確信させるほどに上等な代物だった。イトウは躊躇うように、恐れるようにゆっくりと寿司を口元に運ぶ。そして舌の上に乗せ、戦慄きながら租借する。そう、その舌触りと味は、まるで――まるで――
「ってまたハマチかよ! ふざけんじゃねぇぶっ殺すぞてめぇ! ちょっとは反省しろよボケ! 大トロったら大トロ出せよこらぁ!」
「イトウちゃん、素に戻ってます。素に」
「あ、あら、嫌だわ私ったら……」
 イトウは両手で振り回していたピンク色のリボンを髪に巻き直した。鏡一郎もまた、リボンと応戦するために握り締めていた鉢巻を捻り直した。風圧で頬が切れたが、そんな事を気にしてはいられない。
「大トロは――大トロはまだ駄目なんです。だって二人で食べてしまったらpoolちゃんだけ除け者じゃないですか。それは駄目です。三人で食べるんです。そうすれば、それが俺にとっての贖罪となる」
 イトウは黙って、ハマチを租借しながらじっと考えていた。大トロではなくとも、ハマチはハマチでまた旨いのだ。
「うん、そうだよね」
 その明るい声音に、鏡一郎は顔を上げる。
「私だってpoolちゃんに会って、お肉焼いてあげたいもん」
「それじゃあ――もしかして――」
「うん、会ってもいいよ。私だって会いたい。それに大トロだって食べたい」
 鏡一郎は感動のあまり涙が零れそうになるのを抑えながら、したたり落ちる汗を拭き取りつつ宣言した。
「わかりました。必ずや、最高の大トロをご用意して差し上げましょう」


 鏡一郎は、北新地で豪遊していた際に偶然発見した空き店舗のスペースを借り受けた。
 大阪に帰還した当初から予定していた「寿司屋 鏡」の再興を、新地で行おうと思ったのだ。脱税によって貯めた金を駆使して、店舗で使用する調度品を運び入れた――。
 普通の寿司屋じゃなくて、洋酒とか洋食とかも出したらいいんじゃね?
 あ、定額制でバイキングにしたら新しくね? あくまで寿司メインで。
 ――などと言う安易極まりない考えの下、「鏡」は再び生み出された。新地には「マグロ亭」と言う似たような店があると知っていれば、こんな馬鹿な考えには行き当たらなかっただろう。
 まあ、それはいい。後々、独自のプランニングで何とかなる問題だ。
 それよりも大切なのは、ここで初めて行われるイベント――わずか三人の人間が参加するはずの、小さくて熱いイベント。それを成功に導けるかどうかで、今後の鏡一郎の人生は大きく変化するはずだ。
 鏡一郎はカウンターの内側で、額に浮いた汗を拭いながら黙考していた
 と――。何となく騒がしい、浮ついた気配が店の外側に現れて。
 不意に、店の扉が蹴り開けられた。
「いらっしゃいませ! 新年、明けましておめでとうございます」
 条件反射のように答える鏡一郎の前で、入店したpoolは訳の分からない言葉をがなりたてた。予定通り。全てが予定通りだ。あとはイトウちゃんがつつがなく入店してくれれば、鏡一郎の仕事は全て終了となる。
 poolが大トロなどを注文してきた際には、トロロを大量に出しておけばいい。彼はそれで満足してくれるだろう。もし生意気にも怒ったりしたなら、逆ギレしておけばいい。そうすればヤツは怯えて動けなくなる。
 カウンター席で情緒不安定かつ不可解な言動を繰り返すpoolを尻目に、鏡一郎は耳元に仕込んだイヤホンマイクから流れる音声に耳を傾けていた。
『鏡ちゃん、イトウだけど。今店についたよ』
「了解、扉の前で待機してください。合図があったら入店してください」
『合図?』
「叫びます。一際大きな私の声が聞こえたら、入店してください」
『了解』
 このイベントのため。贖罪と未来のため。
 鏡一郎は、それまで築き上げたイメージの全てをかなぐり捨てるような大声を店内に響き渡らせる。もちろん、poolにはしっかりと前置きして。
「メイドインジャパン! ジャパニーズテクニカル! フリーズドライと並ぶ、日本が誇る屈指の技術。人体造形と高らかに誇っても過言ではない! そう、一年と数ヶ月を要して創りあげられたそのさまは、整形技術の極み。登場してもらいましょう、パーフェクツ、イトウちゃんです!」
 演出を盛り上げるために乗り上げたカウンターが、崩れ落ちた。
 待て待て、幾ら最近太ったからと言って、人間一人の重さでカウンターが崩れるはずはないじゃないか――と鏡一郎は疑惑に捕らわれる。そして尻餅を付きながらふと気付く。なんだ――この突風は。さすがにここまでの演出は準備していないぞ。
 ギリギリギリ――と重い音を立てて、入り口の扉が開く。
 軽いはずの扉が立てる、重い音。明らかに不自然な体感温度の低下に気付かないまま、鏡一郎は背後のスポットライトを驚愕の思いで見上げた。そのスポットライトもまた、鏡一郎の記憶にはない演出器具だったのだ。
 これは――まさか。イトウが事前に仕組んでいた事なのか?
 出店準備の際に、業者に紛れ込んでいた? それしか考えられない。
 ならば――ならばヤツの目的は何なのか? 俺の頼みを聞いてくれただけではないのか? それとも、少し過剰なお茶目なのか?
 不可解に過ぎる状況の中、poolがしがみ付いてきた。
 Poolは肩でも組んでいるつもりなのかも知れないが、こちらはただひたすらに重い。
 やがて――。
 造形美と言う言葉に体を与えたような美しい人影が、シルエットから浮かびあがる。
「poolちゃん……おひさしぶりです。逢いたかったよぉー。ねぇpoolちゃん。前みたいに、また、お肉、焼いてあげるね。なんだか嬉しくて、泣いてしまいそうです」
 潤んだ瞳に涙を浮かべながら、イトウは立っていた。
 呆然とする鏡一郎とpoolを、どこか面白そうに見つめるイトウ。
「いらっしゃいませ」
 と。やっとの思いでその一言を発し、ゆっくりと立ち上がった鏡一郎に導かれて、イトウはカウンター席へと腰掛ける。
 覚悟は決まった。腹もくくった。
 これから始まる饗宴へ向けて。時間は加速していく。微かなミスが取り返しのつかない未来を呼び寄せる。おそらくはこの三人の、最後の晩餐。キリスト不在の晩餐に、果たしてユダは存在するのか。けれども――。
 三者三様の傷と思いを胸に抱いたまま。
 今ここに――宴は供された。
 イトウの笑顔がキャンドルの炎に照らされて、妖艶に光った。

執筆者:イトウさん
執筆者 WebSite:小説解体
執筆枚数:9枚


 鏡一郎はそこまで書いて、ほくそ笑みながらイトウに続きを託した。
 イトウは鏡一郎のほくそ笑む顔を想像して「もえー」といおうと思ったがやめた。「もえ」が一発変換できず「モ得」になってしまったことで叫ぶ気力を失ってしまった、「得」することなんて何一つなかったからだ。
 パソコンで書くのは嫌なんだ、という、手書きを推奨する理由をみつけられたことにイトウは喜んだ。
 イトウはパソコンのキーボードを、撃った。拳銃の引き金を引いたのだ。骨に響くような音が鳴った。キーボードの中央は撃たれて穴が開いた。その周囲は黒こげになっており、早い話パソコンは壊れていた。
 ――嘘だった、実は撃ってなかった。
 くだらなくて意味のない嘘を吐くのがイトウの性癖だから、今の文章は許して欲しい、とpoolに懇願した。poolは許さなかった。
 打った、と書こうとしたのが「撃った」、と出てきたのでぼくは調子に乗ってしまっただけなんだ。
うっうっうっ(号泣)。
 キューティクル鏡一郎の書いたリレ小の中で、一箇所だけpoolがPoolになっているところがあった。いざワードで書いてみると、自然とpoolがPoolに変換されてしまうときがあった。これは、それだけの力が、poolにはあることを見事に証明している。
「小文字を大文字に変える力があれば、俺たちはいつだって自称小説家でいられるのさ」という、この前の日曜日に言ってくれたpoolの言葉をイトウは思い出した。
「ねえイトウちゃん、感涙に缶類はいらないのよ」
 執筆しているイトウの後ろにある汚い布団に寝そべっていたpoolは、突然起き上がってそういった。
「わかってるよ、poolちゃん」
 イトウは胸が焦がれるようなセクスィーなpoolのヴォイスにメロメロぞっこんで、死語を使うのに躊躇いがなくなってきた。
「ドメスティックバイオレンスは、家族愛じゃないのよ」
「わかってるよ、poolちゃん」
「鏡一郎は、鏡イチローと書くのが正しいのよ」
「わかってるよ、poolちゃん」
 そのときだった。インターホンが鳴った。鏡一郎が玄関に到着したらしかった。「お、来たみたいね」とイトウは言った。こうして、イトウの住んでいるアパートに三人は集結し、お互いの書いた小説を批判しはじめた。
 部屋はあまりにも小説であふれかえっていたため、三人は狭いスペースでぎゅうぎゅう詰めの状態になっていた。
 暑い! 暑すぎる!
 批判大会が始まったのはいいが、すぐに停滞してしまった。鏡一郎があまりにも見事な指摘を次々にするので、イトウとpoolは恐縮してしまったのだ。
「仕事がバリバリできて小説の汚点をバリバリ指摘できるなんて、ステキだわ、鏡ちゃん」
 とpoolはいった。
「汚点という言葉を選んでしまう辺り、俺はpoolちゃんの言葉のセンスを感じますよ」
 鏡一郎はにっこり微笑んで答えた。
 なんという返事! イトウは舌を巻いた。鏡一郎は予想以上の人物のようだ。
「あ、そうそう忘れてたわ」
 と鏡一郎は小説の原稿を入れていた紙袋から、ソレを取り出した。
【ソレは――紙飛行機だった。
 白い紙で折られた、翼の大きな紙飛行機。】(鏡一郎『紙飛行機の泣かせ方』)
「はいお土産」ぶっきらぼうに鏡一郎はいった。
「まあ!」イトウは言った。「とっても可愛い髪飛行機ね」
「髪だなんて、もうイトウちゃんたら、誤字っ子にも限度ってものがあるんぢゃない?」
 poolは笑った。無邪気な笑顔に鏡一郎とイトウは驚いた。ドキドキ、ズキュン(by pool)その無邪気さには娼婦のある種の倦怠感を宿しており、神々しくもあったからだ。
 鏡一郎はイトウの愛すべき本たちを容赦なく蹴り飛ばしながら窓の方に向かい、窓を開けた。部屋が薄暗かったため、昼間の外の明るさは心地よいものだった。
 少し汗ばむくらいの暖かな季節の、穏やかな昼間。そんなことを書いているイトウは防寒着を着てコタツに入っている。
 アパート二階のこの部屋からは、プルーンの木が隅に植わっている大きな畑があり、畑の奥にはこのアパートの駐車場があった。駐車場の前には車がどうにか通れる道があった。
 鏡一郎は窓の手摺りに軽く片手を当てながら、空いているほうの手で紙飛行機を飛ばした。それは畑に墜落し、白菜の中に溶け込んで行った。
「会えてよかったね――」(鏡一郎『同』) とイトウはいった。「おれたち」
「もう、俺の小説からの引用はやめてもらえます? 殴りますよ?」
「ええけど」イトウは笑った。
「駄目だ、死ぬぞ!」(pool『猫、心重ねて』) とpoolは止める気などさらさらないのに喧嘩を止めに入った。


 その夜は焼肉屋『小説解体』でパーティーをした。ささやかなパーティーだった。poolは恐ろしく酒癖が悪く、イトウはそれを面白がってデジカメでその様子を写真におさめるのに必死になっていた。
 鏡一郎は先日面接に遅れ、挙句上座に座ってしまうという魅力的なドジを犯してしまったために、いまいちテンションがあがらなかった。
 イトウはテンションが高ぶりすぎて飲み過ぎて灰皿を投げまくるという変態的な酔い方をしていた。
 その灰皿は床を軽やかに滑り、金髪でチンピラ風の男の足元にまで転がって行った。金髪は足元に転がってきた灰皿に気づいていなかったため、立ち上がるときに盛大に転倒した。テーブルに体をぶつける「ごっ」という鈍い音が響いた。
「にょにょにょにょにょにょ」(pool『同』) とイトウは慌てた。「どーしよpoolちゃん鏡ちゃん!」
「がんば」と鏡はあくまで笑顔だった。伝説の男と彼が自称する理由が少しだけわかった気がした。
「どうしよう! 俺あの金髪に殺されるよ」
「いや、それはないから、いざとなったら鏡ちゃんは相手を殺してくれるから」poolは哄笑した。
「俺にいい考えがある」と鏡一郎はいった。「イトウが【チビロリ三つ編み図書委員キャラの概念を覆す最強のキャラ属性】(pool『同』) を装備するか、もしくは【自称生娘女教諭三つ編み眼鏡っ娘、推定二十五歳】(pool『同』) になりきれば!」
「ええーっ?!」
 金髪はイトウの慌てようから、灰皿の犯人がイトウだと覚って、こちらのテーブルにまでやってきた。
 イトウは鏡一郎の策を諦めることにした。自分の犯した罪を償うことにした。そして金髪に向かってこう叫んだ。
「さあ、思う存分君の迸《ほとばし》るエネルギィ体を私にぶつけてくれ。カモン!」(pool『同』)
「うおおおおおお――!」
 金髪でなくpoolがいきなり叫びだした。これ以上俺から引用しないでくれ、という悲痛な叫びだった。
 poolは走り出し、焼肉屋を飛び出した。待って、poolちゃん、待って! とイトウは叫んだ。鏡一郎は叫ぶより先に後を追いかけ始めていた。
 イトウは二人とも見失ってしまった。
「ああ、もう! poolちゃんはいつも忙しい人ね!」

  1. 2008/01/06(日) 02:30:25|
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