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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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桜。

 不意に僕の頬を掠めた桜の花びらは、無限に広がりをみせ、ふわりと宙で遊んでいた。
 学校の裏庭に咲いている大きい桜の木を眺めながら、僕は木の足元でうたた寝をしていた。木を取り巻くように花びらを乗せる風は渦を巻いて、上空へと飛んでいく。まるで、ほのかに桜めいた火山灰が吹き上げ、零れ落ちるように舞っていった。
 僕は自然に「うわあ、綺麗だぁ」と、呟いていた。すると…………
「誰かいるのか?」
 聞いた事の無い、透き通った声が聞こえてきた。女性の声だ。桜の木の辺りから声が風に乗って運んできたから、ぼうっと視線を流す。「ちょっと」僕はかなり驚いて、鼓動がドクンドクンドクン……痛いぐらいに胸を打つ。
 飛び込んできたものは、アイボリーよりも薄い色彩に、ホンの少しだけ水に溶かした桜色を混ぜたような、淡いピンクのパンツだった。グレーのスカートがゆらゆらと揺れて、木に食い込んだお尻が見える。動揺を隠せないでいた僕は、立ち上がって叫んだ。
「パンツ見放題ですよ! いいんですかぁ」
「見られてしまったのは良いとして、みせるのは宜しく無いな」
 そう言うと桜の中の女性は、「そこの君、登ってこないか?」と言う。
 困ってしまった。このままみている訳にもいかないけれど、僕は木に登る事が出来ない。どうしたものかな? 戸惑いの中で佇む事になった。「はあぁ……」溜め息が出る。
「どうした? 来ないのか」
 という声に僕は「行きたいンですけど、木に登った事が無いンですよ」と、言うしか出来なかった。情けないような口惜しいような、木ぐらい登れないのかと言われそうで、怖かった。人に馬鹿にされるのは凄く嫌だ。哀しいかな切なくなってきて僕は、桜の幹に背中を押し付け、パンツが見えないように下を向いた。
 ばさばさばさ。
「え?」
 急に枝がぶつかる音、葉っぱが重なり合う音が一際《ひときわ》鳴り響いて、何だろうと見上げた。目前にさっきのパンツがある。すぐそこにパンツがあった。「うわぁ!」逃げようとした途端、首元にむにゅりと生暖かい質感のモノが食い込む。目の前が急に真っ暗になって、暖かい何かに顔中を包まれた。
「す、すまない君。まさか真下に居るとは思わなかったから」
 訳が分からなくなって、顔を覆いつくしているものを掴むと、人肌の暖かさ、シルクのような表面に指が、にゅぅぅぅぅぅ……とシットリと食い込んでいく。
「あん。触りすぎだ。そこまでは許してないぞっ、君」
「わあああ!」
 弄っていた手を放し、目の前の布を捲ると、頭上に女性が居た。「な、なんで?」イキナリ女性が降って来て、肩車の状態になっていた。
「と、とりあえず、私は空だ。降ろしてくれないか?」
「はっはい」
 前かがみになって、ストンと空という人を地面に降ろした。よく分からないうちに空という人は「君、ちょっとココに座りなさい」と言って、僕を呼ぶ。空さんは芝生に正座しながら指を芝生に向けて差して、ここに座れと合図をくれる。そうして僕は座った。
 空さんはうちの学校の先輩で、桜茜《さくらあかね》といって、あだ名が空らしい。なぜかというと、暇があれば桜の木に登って、空を眺めるから。らしい……
 真っ黒な髪を、うなじ辺りでゴムで一つに束ね、前髪もおデコに貼り付くようにピンで止めている。うちの学校のブレザーを着て、スカートはバリッと固いストレートのスカートだ。青味掛かった緑の上着に白のブラウス、紺のネクタイにグレーのスカートといった姿の空先輩。頭に葉っぱと枝が引っ掛かって、少しお茶目に見えた。
「君の名前は?」
 ボサボサになった頭を掻きながら、僕に聞いてくる。ぱぱっと葉を払い、屈託の無い零れる微笑は、僕を釘付けにする。「僕は、加藤貴《かとうたか》です」僕も正座しながら、手を大きく広げ大げさに名前を告げた。
「貴君かぁ。よろしく、空だ。」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 そういうと、先輩はアゴに手を当てて、「うーん」と唸る。どうしたんだろ? 僕、何か変な事いったかな? と、心配になってきた。
「どうしたんですか、先輩?」
 下を向いて唸る先輩の下に潜り込むようにして、僕は覗き込んだ。先輩は目を瞑り、少し困った様子で考え込んでいた。コツンと先輩は、僕のおデコに頭を軽くぶつけて、ぼそぼそと呟く。「初対面で告白された事はないからなぁ……」と。
「へ?」
 僕は又、パニックに陥った。訳も分からずその場で僕も唸り、知らず知らずに先輩の太ももに、頭を乗せて呆然とする。先輩の当たる吐息がくすぐったい中で、時間が過ぎていく。
 巻き上がる風の音が聞こえ、桜が上空から舞い降りてくるのがよく見える。再度先輩は僕のおデコに頭をフレンチキッスのようにぶつけて、頭をあげた。
「いやね、貴君の気持ちも分かるんだよ。私のパンツを見て興奮してしまったから、ついつい『よろしくお願いします』と言ってしまうのは、よく分かる」
 頭を又……ぽりぽりと掻きながら先輩は、「困ったな、そう言われて嫌な気がしないから、困ったものだ」と困惑していた。あっ、そう取ったんだぁ。と、僕は理解して先輩に説明する。
 膝枕のままで、「違いますよ先輩。よろしくと先輩が言ったから、僕はよろしくお願いしますと、答えただけですよ。付き合って下さい、お願いします。という意味では無いですよ。もう、困った先輩ですねぇ」僕は苦笑した。その苦笑は良い意味での苦笑だ。
「何だ、そういう事か。しかし……それはそれで、残念なような気もする」
 何だか先輩が可愛く見えてきた。年上の女の人が可愛く見えたのは初めてだったけど、変に捻くれている同級生や年下よりも、よっぽど可愛らしい。多分自分の気持ちに素直だから、嫌な気にならないんだ。その素直の部分が自然に出せるのは、やっぱり年上の先輩だなぁと、関心する。
 じゃあ僕も素直になってみようかな? そう思って、先輩に改めて告白する。膝にある僕の顔をぐいっと持ち上げて、先輩の顔――目前に押し出した。
「では、付き合いませんか? 先輩」
 すると……コツンと、またまたおデコをぶつけて、僕は先輩の膝の上に頭が戻る。そうして覆い被さるように先輩の顔が間近になって、自然で淡いほほえみが浮かぶ。
「気が早いな君は」
 何か、先輩が一歩踏み出せないように思えた。僕は、ちょっとどころか大分自信過剰に思えたから、少し茶目っ気を出して、前髪がピンで止められ広々とした先輩のおデコを、同じくおデコで小突いた。
「じゃあ、帰りに鉄板焼き行きませんか? 親睦を深めましょう!」
「そういう事ならOKだ。是非お願いしたい。君はなかなかに根性があるな」
 先輩は「よし」と言って、僕に「一生膝枕のまま居たい気持ちは分かるが、そろそろ立とうか」パンと両頬を叩かれた。それは怒ったのではなくて、恥かしさに受け取れた。僕は「もうちょっとー」と、じゃれてみる。
「駄目、仕舞いだ」
 と、先輩にデコピンをされて、僕は立ち上がった。二人して、パンパンと制服についた芝生を払う。「先輩、スカートにまだ付いてますよ」と言って僕が芝生を払うと、「君には困ったものだ。ふふふ……」先輩は笑みを含ませた。
 あっ。何も意識しなかったけど、スカート越しとはいえ、お尻を触ったらビックリするよな。先輩のような不思議な雰囲気を持つ人と一緒に居たら、こっちまで素直になる。気が回らなくなるというか、自然体になるというか。あまり変な小細工をしたくない。っていうのが本当かなぁ? 何となく、桜を見に来て良かったと――心底思った。
「貴ぁ、君は何年何組だ?」
「あ、一年C組です」
 桜の木を見上げる先輩は、「そうか、放課後迎えに行くから」と言って、佇んだ。僕はごく自然に、邪魔したら悪いかなと思って、校舎に向かって駆け出す。校舎の階段に着いて振り返ると――
 小高く盛り上がった芝生にそびえる桜の木は堂々としていて、風が巻きあがり、花びらが宙を楽しそうに舞っていた。舞い降りる桜に包まれた先輩は空を見上げ、葉の隙間から射し込む木洩れ日は、全てを綺麗に輝かせていた。
  1. 2006/07/04(火) 02:56:05|
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