○poolが、かなり初期の頃に連載をしていた作品の番外編です。表に出すのはかなり恥かしいので、このブログには載せませんが、素直クールWIKIにはあります。よかったら探してください。でも、結構自分では好きな作品です。小手先の技術ではなくて、小説になっていなくても熱が感じられて好きですね。もいっかい書き直したいと思っている作品です。
ではでは、始めましょう。 “何もかも全部。”
これで三度目の冬が始まる。隣町の街路樹を走り抜けた、思い出しただけでも感極まってしまう……あの冬だ。アンティークな懐中時計を買ったあの店、あのおばちゃん、元気にしているのだろうか。僕は、もう三年になったんだ。隣町には親父がいるから、ちょくちょく遊びにはいくけど、繁華街には未だ足を運んではいなかった。
姉ちゃんの記憶が甦り胸が切なくなる。決して忘れたいだとか思い出したくない過去だとか、そういうものではないけれど、ただ――あの時、あの場所で、全てが分かってしまった僕を、思い出すのが、凄く、辛かった。
心が折れそうになった、僕は繁華街へはいけないでいた。
「よう、祐太。揉みたい?」
「揉みたいけど……いまはいいや」
自転車で通りがかった委員長が、僕の傍に寄り添い、肩に頭を傾けた。
「この時期になると、いつも此処にいるね」
「なんだか安心するんだ、アイツがいるから」
小高く盛られた土の上を覆う芝生を叩いた。この芝生の下に、時間の止まった懐中時計とタケシロウが眠っている。よぼよぼになったタケシロウが、安らかに眠っている。タケシロウの寝床だったオンボロのベンチは砕け、その後僕はタケシロウのお墓の上で時間を過ごしていた。不思議と――この場所は春に桜が乱舞をする大木の下、芝生越しにタケシロウのぬくもりを感じられた。
「ねえ祐太ぁ、膝の上貸してね」
委員長は僕の返事も聞かず、もぞもぞと腰をずらして、伸ばしていた脚の上に頭を載せる。僕の面持ちと空を眺めながら、そっと僕の頬に向かって手を伸ばした。やわらかく、そして大気に晒されて冷たくなった手のひらを僕の頬にやって、優しく撫でた。
「辛いの? 祐太――」
僕は無言のまま、大木を見上げた。装飾もない、ただの枝が分かれていた。頭上の大木の枝、その先に褐色の空があった。夕日は沈み、薄暗い月が、霧雨のような雲から姿を露にされられていた。逃げるように霧雨の雲は流れている。
「この時期は特に、ね」
苦笑を浮かべた。
「そう」
それだけをいい、委員長は僕の腰に手を回し、強く締め付けた。
「痛いよ」
「知ってる」
互いに押し黙ったまま、時間が、微風が流れた。凍てついた微風は頬を打つ。委員長の面持ちは、僕の股に蹲っていて見えない。いま……僕の気持ちが姉さんに奪われていることに罪悪感を覚え、冷たくなった委員長の髪を撫でていた。冬の大気は髪を凍てつかせる、髪には体温がないために異様に冷たかった。委員長の気持ちを代弁しているみたいだ。
「委員長」
「何?」
強く締め付けていた腕を払い、委員長の両脇を持ち上げ、強引に膝の上に座らせた。向かい合い、そして見つめ合う。
委員長の瞳は充血している、お互い目線を逸らさず、一切の動きもなかった。次第に夕方の空は夜空に姿を変え、視界は暗くなっていく。強張った委員長の頬は震え続けた。
「知ってるとは思うけど、僕は相当馬鹿だから――ゆうね。これから言うことは本心だし、委員長を傷つけることのなるかも知れない、というか……そうなると思う。そのうえ自分勝手で矛盾だらけ、酷いものだと思う。だけど――委員長と、この先一緒に居たいから、ちゃんとゆう」
呼吸を整え、深く深呼吸をし、僕はゆっくりと口を開く。委員長は眼球に力が入り、つづきを待っている。
「クー姉は大好きな人で、本気で一緒に居たいと思った人なんだ、いまは家族のようになっちゃったけど、初めて女性を好きになった。そのことは現実で隠しようがないし、隠すつもりもない。僕は死ぬまでクー姉を心に持って生きていくと思う。生きていきたいとも思う。でも、それって、僕の中で現在進行形の過去なんだ、クー姉がタケシ兄に逢いに行ってしまったから、これ以上何も起こらないし、起こせない。だから……というと語弊があるけど、委員長とは未来があると思うんだ。だからさ――僕がクー姉がいまでも好きでも」
僕は、唾を飲み込んだ。ゴクリと喉を鳴らし、現在の僕の気持ちを委員長に伝える。
「僕と一緒に居て欲しい」
気持ちを伝え終えると、委員長は表情が和らいでいた。苦笑気味に微笑みを表し、嬉しいような哀しいような……でもしょうがないような、委員長の表情が和らいでいるようで歪んでいた。
委員長は何も言葉を発しない――僕は……強引に唇を奪った。
瞬間、僕の肩を押し出して委員長は腕を突っ張った。委員長も強引に身体を引き剥がし、下を向きながらぼそぼそと呟く。
「ゴメン……祐太、頭では分かっているんだけど、空姉さんのことも含めて、全部受け入れているつもりだったのに」
ジーンズに大粒の涙が落ち、沁みこんでいく、その涙は熱い。ぼとぼとぼと――僕の脚に涙が零れつづける。委員長の熱い涙を肌で感じ、僕は突っ張った腕を薙ぎ払った。
「やだ、僕は委員長でなきゃ……いやだ」
「だって祐太、祐太の中に居る空姉さんが大きすぎるよ」
「そんなこというな、この前お墓の前でクー姉に勝つっていったじゃんか」
「解ってる、そんなことわかってるよ」
「じゃあ――」
「さっき、祐太の泣きそうな顔みたら――」
委員長の腕を取り、無理矢理引き寄せて抱き締める。華奢な身体を抱き締めて、壊すほど力を込めた。骨が軋むかと思うほどに抱き締めた。
「祐太ぁ、痛いよ祐太ぁ……」
「わかんない、だけどこれが僕の気持ち。離れんな」
「これじゃあ、離れなれないよ」
「だったら、それでいいから」
だらりと伸びきっていた委員長の腕が、僕の背中へ回った。線の細い身体で委員長は締め付ける。僕の胸に埋まっていた委員長の顔が、目前に現われた。肌理《きめ》の細かい黒髪をふぁさりとひろげ、委員長の小刻みに震える唇が僕の唇に重なる。弱々しい委員長の唇、熱い涙が互いの頬を伝い、唇の窪みに溜まっていく。鼻水や涙に塗れて、委員長は僕に身体を傾けて前に倒した。
――茶色雑じった芝生に倒れ衝撃で草が舞い散った。委員長は目蓋を閉じると大粒の涙が降った、僕の頬を打った。
僕は何も言わず、委員長を胸に埋めた。委員長の、ひゃっくりの止まらないすすり泣きがつづいている。視界は薄暗くなり、大木の枝の先にある褐色の夜空は、力強い原色の月光を放っていた。霧雨のような雲は流れ去り、煌々と星が瞬いていた。
「委員長――」
僕は声をあげていた……辺りは静まり返る、そして瞬時にして、暗闇になった。
「祐太?」
体をあげた委員長は、青白くなっている僕の面持ちが眼に入り、困惑としている。いつもの公園に備え付けてあるはずの街灯から、光が消えていた。大木も、崩れ落ちたボロベンチも、何も見えない――暗闇だけが辺りを支配していた。
ほわっ――ほわっ――ほわっ。
上空から何かが一つ降ってきた。まるで今更目覚めた源氏蛍のように、ゆらゆらと光を放ち、不規則に遊泳している。その何かは、強烈な月光に晒されて光を反射して、明るくぼやけていた。暗闇の中を一つの何かが揺らめいて、その反射した月光だけが辺りを照らしていた。ゆっくりと落ちてくる、僕らを焦らすようにゆうっくりと落ちてきていた。
「委員長……」
「祐太」
何もない真っ暗闇の中で、僕らは身体を起こした。委員長の手を取って、よろめいて立ち上がった。一枚の何かが手に届く所まで来ていた。それは月光を浴びて、大木の一部を照らし、幹が現われていた。するすると何かは流れ、幹を映し出しながら、僕のてのひらに停まった。ぼうっと滲む、その何かは委員長と僕の顔を照らし、きょとんとした互いの顔が現われた。
「祐太、これ……さくら――」
「桜の花びらだ……」
両手で受けていた桜の花びらは、恥かしそうに指の合間からするりと逃げた。委員長と共に花びらを眼で追うと、ゆらりゆらりと流れて芝生の上に載る。仄かに芝生を照らしていた。すると――
いっせいに夜空が瞬いた。強烈な発光、原色の黄色が変化して、夜空一面をピュアホワイトに拡がった。ホワイトカラーの夜空に、ぽつぽつと黒点が浮かび上がり、次第に黒と白が混じって、桜の花びらが降り注ぐ。
「すごい、あの時の桜みたいだ」
夜空全面から桜が降り出していた。光を放ち、公園中がキラキラと煌いていく。
――あの時の、桜の乱舞。クー姉がタケシ兄の所に旅立って、タケシロウを墓を作った、あの日。タケシロウの寝床だったベンチもその日に壊れた。そのボロボロのベンチに横たわり、空を見上げた――あの時の桜と同じで舞い散っていた。
「クー姉!」
僕は思い切り叫んだ! 委員長は僕の腕の裾を握り締めていた。その気持ちが嫌というほど解った。
「確か言ったよね、先のない私を好きになっても困るだけだって。僕はそれでもいいって言ったよね。ホントにいいんだ! 僕の、自分勝手の、馬鹿丸出しの、無茶苦茶の、誰にも理解されないことでも、何でもいいんだ。委員長とクー姉とタケシ兄とタケシロウと、僕にとっての親父さえ気持ちを解ってくれればいいんだ」
もう見上げなくても、目前まで桜が舞い落ちている。僕は加速するように口を開いていた。
「僕は委員長と死ぬまで一緒に居る、めちゃめちゃラブラブなんだ! クー姉だって、タケシ兄とラブラブなんだろ? いまは、それでいいんだよ。僕らが死んで、あの世で、僕と、委員長と、クー姉と、タケシ兄と、みんなで……僕やクー姉を取り合って、笑って泣いて、喧嘩して、楽しくやったらいいんだ! 親父は横で酒なんか呑んで、タケシロウは困って走り回って、何でもいい――仲良くしたらいいんだよ!」
委員長は黙したまま、僕の腕にしがみついていた。
桜は舞い、ぶつかり合いながら世界を作り出していた。真っ白で、桜の花びらしか見えないほど、降り注ぐ――茶色の芝生も白に染まり、飾りのない大木は、まるで生い茂っているように桜の花びらが色付けをしていた。一面、何もかも全てが桜の花びらだった。
「祐太、さっきの言葉、祐太らしいね……」委員長は、苦笑のない真っ白な笑顔を浮かべた。
「そう?」僕は恥かしくなり、揺らめいている花びらを握り締めた。
あれ? 花びらが冷たい。
握り締めていた花びらを見ようと、てのひらをひろげた。――そこには溶け出した雪の結晶があった。
刹那――ましろな桜の世界が……一面、銀世界へと姿を変えた。
「委員長、雪だ」
「ホントだ、雪だね――」
僕らはぼうっとして、夜空を見上げた。桜だと思っていた花びらは、雪の結晶だった。委員長は頬を少し赤らめて、僕は口が開いたまま月を眺めていた。
冬の始まり、雪が降るにはまだ早すぎる十一月の公園。クー姉と出逢って約三年、とうとう僕も委員長もクー姉と同い年になった。僕は大人になったのかは、分らないけど……切ないことや哀しいこと、嬉しいことや愛おしいこと、全てが詰まった冬に、新たに委員長の思い出が詰まる。こうして僕は、冬を過ごして、乗り越えていくんだろうか。
「ねえ、委員長」僕は委員長の手を握った。
「何?」委員長はいつものように握り返した。
クリスマスは雑貨屋の“ザカザカザーン”でプレゼントを買おう。委員長と一緒にいって、おばちゃんに挨拶をしよう。あと、薬屋と魚屋と肉屋と惣菜屋と漬物屋と本屋と豆腐屋のおっちゃんおばちゃん、商店街のみんなに顔を出そう。僕のこと覚えてないかも知れないけど、別にいいや。
「委員長、僕の熱い告白聞いてどうだった?」
「ちゃんと伝わったよ、あいかわらず無茶苦茶だけど、一緒に居てあげる」
良かった……
あの時の桜の花びらも、雪の花びらも、クー姉からの贈り物だったのかも知れない。あの頃から、桜は咲き乱れていたから。