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終らない夏夜に溺れるヲタク達の鎮魂歌

 出会いは突然に起こりうる、それは思いもよらないベタな展開で訪れた。けれども、その出会いの女性は、決してベタな女性ではなかった。俺の範疇を超えることが大半だった。エロカワギャル、淫靡な女教諭、どうみても小学生にしか見えない高校生……様々なベタ展開があるけれど、まさかと、いわざるをえなかった。
 俗物的且つ犯罪的もしくは運命をよぎらす確信的な出会いは、こんな形だった。



 Ⅰ.小岩井鈴鹿
 いつものように、大学のキャンパスを歩いていた。それも、今年入学してから半年ほど毎日通っているコースだ。校舎の三階に最終授業の教室がある、そこからバイト先に向かう途中、非常階段の二階の踊り場で女性に遭遇する事になった。
 夏の始まり、八月に入ろうとしていた蒸し暑い夕方の出来事だった。
「痛い、容赦なく痛いぞ、そこ君」
「へ?」
 ファーストコンタクトは、ぐっすりお昼寝中の女性のどてっぱらを踏んでしまったことに始まる。
「へ? じゃないだろ、君。乙女の神聖不可侵的お腹を、あろうことか足蹴にするなど、犯罪的行為だと思わんか」
「思いませんよ、行っていいですか……」
 足元をみて階段を降りてなかったけど、まさかこんな非常階段の踊り場でお昼寝中だとは思わないだろう。しかも言いがかりのつけかたが恐ろしく怖いんですが、出来ることなら関わり合いになりたくないんですけれど。
「酷い、いたいけのない可憐な生娘の身体を痕《きず》物にしておいて、その言い草。世の女性を敵に回すことになるぞ、責任を取れ責任を」
 すっくとお腹を押さえて立ち上がった女性は、グレーのスーツ姿だった。袖を通さずサマーセータを羽織り、タイトなスカート。黒髪で二つ出しの三つ編みの眼鏡っ娘。しかし、そのソバカスには見覚えがあった。
「鈴鹿先生……何してんの? こんな所で」
「見たら解るだろう、こうして君に汚されて捨てられたようになっている、可哀相な姿をみれば」
 小岩井鈴鹿《すずか》先生。文系に属しているだけに、やたらと言い回しが可笑しい。
 普段の先生は物静かで、講義では必要以上お喋りをしないような人なのに、イメージがかなり崩れた。この気持ちよく変人っぷりを発揮する先生はなんだ。図書室で一人、アンニュイに弄ばれて読書に没頭する、存在感の薄いイメージだったのに、この変わりよう。何かあるのか?
「そうじゃなくて、何でこんな所で昼寝をかましているんですか? って――」
「丁度いい具合に陽が入ってきて、しかもいい具合に日陰が出来るんだ、陰干しには丁度いいだろう? 珈琲豆だって陰干しが旨いぞ」
「何を陰干しに?」
「いや、私が陰干しに……」
「先生、頭が痛くなってきたので、この辺りで満足デスカ」
「いやんいやん、責任取ってくれなくちゃ、や。帰っちゃ、ヤ、ダ」
 堪らん、変なのに絡まれた。
 これからバイトだってのに、えらい話が長くなりそうだ。早々に撤退したいところだが、自称生娘女教諭三つ編み眼鏡っ娘、推定二十五歳の鈴鹿先生は、隙を突いて非常階段を塞いだ。これじゃあ降りられん、侮り難し鈴鹿先生。
「まあまあ君、そんなあからさまに嫌な顔をしなさんな。責任を取れといったところで経済的に破綻している学生相手に結婚を強要しても仕方が無いだろう、ただ今から肯定的な交配に勤しもうと諭しているだけだ」
「スミマセン鈴鹿先生、肯定的な~とかいって、話しを強引に捻じ曲げるのは止めて下さい」
「そうか? そうだなぁ……」
 訝《いぶか》しげに鈴鹿先生は、腕を組み唸った。このどうみても中高生にしか見えない三つ編み眼鏡っ子は、どうあがいても俺を解放してくれないらしい。このままでは、バイトどころか今日は家に帰れないところまで足を踏み込んでいるのではないか? 最悪だ。
 ってか、何故俺? 俺をターゲットにする、恰好良くもなければ金がある訳でもない、ただのヲタなんだけどねぇ。
 なにやら悩んだ末、鈴鹿先生は眼を輝かせ、俺の肩を叩いた。上目で俺を覗き込むと、うにうにとサマーセータを脱ぎ出した。
「覚えてないのか? 先生のこと……ほら、よく君の家の庭で遊んだ……」
 輝いていた瞳はうるうると潤って真っ直ぐに俺へと視線を送り、俺の心を揺さぶってくる。おろおろとしている俺を他所に、鈴鹿先生はいそいそとブラウスのボタンを外し始めた。
「ちょ、鈴鹿先生。何やってんですか」
「私が急に引っ越すことになって、君は怒って石をぶつけたじゃないか、先生はよく覚えているぞ。私が小学生で君が幼稚園の時だ」
 はらりとブラウスは地面に落ち、紺色のブラが顔を出した。艶のある黒髪の三つ編みが、両肩を撫でていた。真っ白な肌の胸に覆うようにした紺色のブラが際立っている。ドキドキ、ズキュン。
「せ、先生。ちょっと待ってくださいよ。何のことっすか」
「これまで超絶に哀しかったんだぞ、やっと君に出逢えたんだ、これは神の御意向なのだよ。然るべき処置を取って、今晩は君と共に安らかなる眠りに就きつつ、快楽の都天竺に逝こうではないか」
「鈴鹿先生……俺、生まれて現在に至るまでマンション暮らしなんですけど……」
「この胸の谷間の痕《あざ》がみえないのか、酷い、この人は弩派手なエンジェルスマイルの中に超弩級の悪魔を飼っている。犯される……いや、むしろ犯してくれ。君に犯されるのは本望だ」
「おーい、先生……」
 完全に先生の眼が逝っちゃってる、これは酷い。しかも関わっていたら、この人のペースに巻き込まれてしまう。かなり危険な人だ。唖然として開いた口が塞がらない俺には気にも止めず、一方的な演説が続く。
「なんて健気で愛おしい鈴鹿先生二十五歳独身、彼氏募集中というよりも君募集中なんだ。実に潔い。さあ、思う存分君の迸《ほとばし》るエネルギィ体を私にぶつけてくれ。カモン」
「ホント勘弁して下さい、ぶつけたアザなんて無いじゃないですか。俺バイトありますから行きますよ」
「よく視《み》てくれ、胸の中心に小さな痣が残っているから……」
「はいはい、解りました。見りゃあいいんですね」
 ん、と鈴鹿先生は胸を突き出して、指でアザがあると言い張るところを差した。何故かネタを振っといて、鈴鹿先生は恥かしげに顔を背け、斜め下を眺めていた。スタイルとルックスのギャップと頬を赤らめる辺りが妙に艶かしい。
 仕方がないので、谷間のブラをひょいとあげ、中を覗いた。確かにアザがあった……
 しかし、真っ赤に腫れあがる引っ掻き傷があった。
「これって、先生――蚊に噛まれました?」
「――スケベ。何食わぬ顔をしながら、しっかりと乙女の純情を覗き見するなんて――」
「えー」愕然とした。振っといてそれかよぉ。
「民法第百二十八条五項に乙女の純情を盗んだ男子生徒は責任を取って、その乙女を嫁にするか自決するか、二者択一だと制定されているぞ」
 頭が割れるように痛い、もう俺は逃げるぞ。付き合ってられん。
「時間が押し迫ってきましたので、この辺でお開きということで、さらにいえば、鈴鹿先生自称二十五歳は、乙女というよりも人妻物ということで、無効っす」
「人妻とは失礼な、君の為に操を立てて純潔を守ってきたというのに、このマシュマロのような想い、届かず……」
 うな垂れる鈴鹿先生を後に、俺は三階に上がりそのまま校舎内の階段で逃げ出した。今日は凌いだとしても、明日からはどうなるんだろう。夏休みが目の前にあるが、それまで耐えれるかどうか。心境は複雑だった。



 Ⅱ.大輪田五十鈴
 案の定バイトには遅刻をした。自称乙女のポリスィに拘束されること三十分、移動準備時間三十分と、合計一時間の遅刻になっていた。居酒屋に勤める俺はバイト先の店長にこっぴどく叱られ、ペナルティとして営業時間終了後の掃除を一人でやる羽目になった。
「面倒くさいなぁ、なんでこんなことになるかなぁ」
 営業時間終了後――キッチンの床にモップを掛けてブツクサと愚痴っていたら、ホールの方から声が飛んできた。
「アンタ、口動かしてないで手、動かしなさいよ、馬鹿。早く片してしまうわよ」
「はいはい」
 ホールのテーブルに雑巾を掛けているのは、バイト仲間の大輪田五十鈴さん《いすず》だった。五十鈴さんは「あたしも忙しいんだから、アンタの面倒見てられないのよ」と、そそくさとテーブルを拭いている。
 丁度休憩が五十鈴さんと一緒になって賄いを食べている最中に、しょうがないから掃除手伝ってあげるわよ、アンタあたしが居ないと何にも出来ないんだから……店をくっちゃくちゃにされても困るからね、と五十鈴さんは持っている箸で俺のデコをガンガン突いた。俺は断る理由もなく、一緒に掃除をすることになった。
「キッチンは終りそうなの? もうこっちは終るわよ」
「まだモップ掛けしか終ってない、ダスター掛けはこれから――」
「ものすっごい、遅い。ヤル気あんの? ちょっと待ってなさい、こっち終ったらすぐ行くから」
 調理済みの品を受け渡しする窓口から、ホールを覗いてみると、拭き終えた雑巾を投げている五十鈴さんの姿があった。茶髪のポニィテイルの上から居酒屋の名が入った布を被せ括っている。茶色のカッターに短パン、前に黒のエプロン姿。茶色の前髪から汗が溜まり黒味が掛かる、五十鈴さんは汗を拭いながら椅子に腰掛けて、ふぅと一息ついていた。
「ちょっ、何見てんのさ。見惚《みと》れてる暇あったら仕事しなさいっての」
 五十鈴さんは舌を出して、馬鹿と口ずさんだ。
 くりっとまあるい瞳が細くなり、なにやら恥かしそうにしていた。楕円形の輪郭に大きい口、活発なお姉さんのように振舞う。実際に一つ年上で、大学の先輩――俺は少しばかりドキドキ、胸の鼓動がズキュンとしながら下を向いてモップ掛けに取り組んだ。すると、必死こいてモップ掛けに勤しんでいる俺の肩を、五十鈴さんが叩いた。耳元に息を吹きかけ五十鈴さんは囁く。
「腰が駄目ね、腰が……」
 溜め息雑じりの暖かい息が掛かり、ぞくぞくっと背筋に電気が走った。むず痒い……照れを隠すように「五十鈴さん腰っすか」と呟いた。
「だってアンタ、全然汗かいてないもの、こんなんじゃ終んないに決まってるじゃない。腰に力入れてモップ掛けなさいよ、あたしはダスター掛けちゃうから」
 ポンポンと二、三度肩を叩いて、五十鈴さんはキッチン周りにダスターを掛け始める。
「スミマセン五十鈴さん、いつも苦労をお掛けしまして」
「――それは言わない約束じゃないの、って……何言わせんのよ、馬鹿」
「ネタが古くてスミマセン」
「いえんいえん、こちらこそ……」
 ボケてしまったものの、五十鈴さんにノリ突っ込みを引き受けて頂いたが、微妙な間というか空気が出来てしまった。
「あはっあははは……」もう笑うしか。
「アンタってば、もう、誰のお陰で居残り掃除してると思ってるのよぉ。しょうがないわねえ、馬鹿――帰りに何か奢んなさいね」
「はーい五十鈴さん、スンマセン」
 どういう理由で五十鈴さんが一緒に残ってくれたのか解らないが、掃除を手伝って貰った手前どちらにしても奢るつもりだったので、五十鈴さんが誘ってくれて丁度よかった。
 なんだかんだと……その後は黙々と掃除をこなし、戸締り等全て五十鈴さんにお任せして、近くのファーストフード店へと向かった。


 ☆


「ねえねえ、アンタ彼女居んの?」
「ええええ――何いってんすかっ、いる訳ないじゃないですか」
 テーブルに就いた瞬間、五十鈴さんの唐突の一言だった。俺は手に持っていたポテトを、ぼとぼとぼと――と落としていた。店内は、少ないけれど閑散としない程度に賑やかだった、その中でトレイにポテトを散乱させて、一人焦っている自分が居た。五十鈴さんはセットのグリィンサラダの蓋を外して、レタスの一切れを口に咥える。そうして目尻を緩ませて、悪戯っぽく俺を眺めた。
「へえ~そうなんだ……まあ、アンタの顔じゃあ無理もないか。しかもヲタだし」
「五十鈴さん……うるさいですよ」
 バイトを始めてから半年が経つ、その間色々と世話を焼いてくれた先輩は結構仲が良く、そして俺のことを知っていた。
「あっゴメンゴメン、悪気があった訳じゃ無いんだけどねっ」
 すっと視線を逸らしした五十鈴さんは、窓を眺めながらガシガシとストローを齧っている。頬杖を突いてヌルくなったストレィトティを啜っている。
「そっか、そうなんだ……」
「五十鈴さん、何かいいました?」
 よく聞こえなかったので五十鈴さんに聞いてみると、首を横に振って「何にもないよ」と微笑んだ。五十鈴さんは残りのサラダをフォークで刺して、口の中に放り込んでいた。
 かなり前になるけれど、一度だけ自分がヲタなのがバレるようなことを、五十鈴さんに滑らしたことがあった。何の話題だったが覚えてないが、かなりディープな内容をいった気がする。あまりにも一般人には理解不明な内容だったため、一瞬にしてバレた。
 え、もしかしてヲタの人だったりして。そういって、キョトンとした五十鈴さんの面持ちは覚えている。その後俺の肩を叩いて頷きながら、あたしの妹もヲタなんだよねぇ~親近感湧くなぁ、と笑った五十鈴さんも覚えていた。それ以来急激に親密になって、ヲタの俺が心を開いた数少ない人になる。
 そして――俺も逆に聞いてみた。
「五十鈴さんは居ないんですか? 彼氏」
「ばばばば、馬鹿ね、いっ居る訳ないじゃん。居たら、あ……アンタなんかと御飯食べてないわよっ」
「そうっすよね、こんな時間に飯食ってないですよね」
「もぅ、誰のせいでこんな時間まで働いてたと思ってんのよ! 馬鹿」
 テーブルをドンと叩いて五十鈴さんが立ち上がった、ガシャンとトレイが跳ねる音が響き渡る。しまった、変なこといってしまった。そっぽを向いて、五十鈴さんはボソボソと呟く。トレイが暴れ、五十鈴さんの声は掻き消されていた。
「居るから、アンタと食べてんのよ……」
「え? 五十鈴さん何ていったんですか?」
 五十鈴さんは眉をしかめ、細く上がったキツイ視線で一瞥。
「馬鹿! っていったのよ、馬鹿ぁ」
 うう、どう返したらいいか分からず、俺は黙っているしかなかった。あまり五十鈴さんのことをみれないままで、下を向いて炭酸の抜けたコーラを啜る。不意にデコに冷たい雫のようなものを感じ、体を戻した。
 ちょっと言い過ぎたみたい……ゴメンね、と俺を覗き込むようにして、五十鈴さんはストローでデコを小突いていた。それでも言葉が出なかった――黙っていると、俺の頭を撫でた。
「だいぶ遅くなったから、もぅ行こっか」
「あ、はい」
 五十鈴さんの顔色を窺うと、ニコリと笑った。そうして――
「当然……家まで送ってくれるんでしょうね!」
「はい、送らせて頂きます」
「当然よね」
 後、よろしくねぇ~表で待ってるからぁ、と残りの片づけを任せて五十鈴さんは表へと出て行った。


 ☆


 時間は午前二時、夜の静かさも漂う五十鈴さん宅の玄関先で、僕は茫然と口を開けていた。五十鈴さんが家に入り、玄関のドアが閉まってから……だいぶ経っていた。俺は真っ赤に染まった頬に手を当てて、佇んでいた。
「五十鈴さん……」
 頬の感触を思い出しながら、夏の生暖かい風を感じていた。頬に残るやわらかい感触、頬に当てた手に透明のクリームが残っている。メンソールの抜けるような香り、五十鈴さんのリップクリームだ。
「か、帰ろう、うん帰ろう」
 誰に確認するでもなく、俺は呟いて自宅に向かった。



 Ⅲ.自室
 ギギギギギ。
 嫌にパソコンチェアの軋みが気になった、ヴァゥンというPCの電源を入れたときのノイズが気になった。卓上スピィカーからは声優の歌声が流れ出し、俺はベッドに身体を投げ出して激しく身体が沈み込んだ。
「今日は色々ありすぎた、疲れたよパトラッシュ……」
 組んだ手を後頭部に載せて、黄ばんだ天井を眺めた。
 さっきの五十鈴さんの行動、一体どういうことだろう……
 俺はファーストフード店から家まで五十鈴さんを送り届けると、玄関先で考える仕草を取った五十鈴さんは――人差し指を口元に持っていって不意に俺のホッペにキッス。さっきまでの光景が生々しくリアルに浮かんでくる。あたたかく、やわらかい唇の感触が、頬にしっかりと残っていた。
「まだ熱い」頬をさする。
 俺は胸の鼓動が冷め止まぬまま、俺はあまりにも多すぎた今日の出来事を思い返していた。朱に滲んだ黄のルームライトが俺を照らしていた。
 五十鈴さん、どうしてキスなんかしたんだろう、御飯を食べている時も――なんか変だったし、掃除も手伝ってくれたし。今でも、ドキドキがツーバスで心臓へと叩き込む、痛いぐらいだ。五十鈴さんは、仕事に関してはテキパキとこなす母親のような人、プライベィトだとちょっと抜けた可愛らしいお姉さん的存在。コロコロ表情が変わって一緒に居て楽しくて安心する、そんな人だ。俺のヲタを否定しなかった数少ない大事な人だから、大切にしたいってもの、かなりある。
 俺はどうしたらいいんだろうか、こうなってくると明日バイト先で会うのが、少し怖くなってきた。いままで通りに普通で居られるのかどうか、不安が残る。
 ふぅと一息吐いて、タオルケットの中へ身体を潜り込ませた。MP3はノンストップで垂れ流れている。
「それとあの人、三つ編み眼鏡自称二十五歳か……」
 校舎の非常階段で遭遇した鈴鹿先生、授業では大人しい物静かな先生だったのに、なんであそこまで変貌したんだろう。大学に入ってから一切の接点がなかったと思うんだが、何処かで何かをしたんだろうか? 俺が。
「全く身に覚えがないときた」
 しかしねぇ三つ編み眼鏡、さらにソバカスときたら古典的だよな。髪の毛をピンクにしたら、立派な図書委員キャラクターじゃないか。嗚呼……ちょっと萌えるかも。
 ――いやいや、それはそれで嫌な感じだよなぁ。先生だし、リアルで図書委員キャラはシンドイかも、そうはいってもあのペースでガンガン押されてもなぁ……押し負けしそうだ。
 なんにしても俺が一体どうしたいのか、どうしたらいいのか、それすらも分らない心境だった。色々と起き過ぎた、神経も体力もすり減らしたし――寝るか。
 モニターに映し出されているスクリィンセイヴァの掲示板を眺めてながら、睡魔が襲ってきていた。ゆっくりと横に流れる文字は、“いやぁ、私のガンダムがぁ”ニーナ・アップルトン様の名言だった。何気に目に入って苦笑して、「これがガンダムの性能かっ」と零していた。
 睡魔が本格的に訪れる、眠りに就く俺の耳に、アイドル声優の歌声が流れ込んできていた。



 Ⅳ.菊池忠士
 翌日の昼休み、夏休み前の食堂――この時間は冷房が掛かり、心地良いひとときを過ごしていた。草むらで弁当を食べる生徒、外食する生徒、俺等は食堂にきていた。
 ガキの頃からの腐れ縁、友人菊池忠士《きくち》。良いか悪いか、俺をヲタクの世界にざっくりと引き込んでくれた連れだ。菊池はちょっと裕福な家庭だったもので、幼稚園の頃から五十型のTVでアニメ三昧――LDとピュアオーディオで、価値も解らないままアニメを観まくっていた。その後、よく庭で――シャア&アムロゴッコ――遊んだもんだ。
 学食のテーブルについた俺と菊池は箸を進める。菊池はラーメン俺は唐揚げ定食、それら摘まみながらガンダム話で語らい、談笑に華が咲いた。
「でさぁ、GP3デンドロビュムとラフレシア、どっちが強え? 菊池」
「ラフレシアだろ? GP3乗ってるのコウウラキじゃん、そこの性能の差がねぇ」
「ウラキじゃぁしゃあないか、ビグザムにも勝てる気が――」
「じゃあさ、じゃあさ、カミーユがボールに乗ってラフレシアとやったら?」
 なかなか勝敗がつきづらい微妙な問題で議論が展開していると、向こうの辺りの席で騒がしくなった。ぞろぞろと集まってくる人だかり、五人十人とあちらのテーブルを取り囲むように壁ができていた。
「おっ、ファン倶楽部のヤツら集まってきてるねぇ」
 友人菊池は覗き込むように眺めた、嬉しそうにはしゃいでいる。
「何それ? うちの学生にそんな可愛いの居たっけ?」
「違う違う、先生だよ先生。居るだろ? 萌え系のエロゲに出てきそうな図書委員キャラがね」
 ラーメンを啜りながら、友人菊池はほくそえんだ。
「噂……聞いてるよ、くっくっく――告白されたんだってぇ? 鈴鹿先生に」
「ちげ、ちげーよ、ってか……あれ告白になるのか?」
 昨日の今日でもう噂になってるとは、おいおい情報が早すぎるぞ。ただ、チビロリ眼鏡三つ編みソバカス実年齢二十中盤前後の鈴鹿先生に、からかわれただけのような気もするんだけど。
 ラーメンの汁を飲み干した友人菊池は、傍事《はたごと》だと思ってカラカラと笑い飛ばす。
「ファン倶楽部の中では告白になってるらしいよ、だってお前おっぱい覗いたんだろ? ブラ引っ張って」
「うはっ、あれは鈴鹿先生が見ろっちゅうからだなぁ……」
「おもっきし、いいおもいしてんじゃん」
「うっせーよ、ってか何でそんなとこまで分ってんだ」
 ニヤケまくりの菊池の野郎は、俺の皿から唐揚げを摘まんで口に入れる。
「知り合いにファン倶楽部の諜報部員が居るのよ、アイツを舐めちゃイカンよ君。部屋の押入れ開けるとハードディスクが縦積みにしてあるらしいよ、サーバーかと思うぐらいに」
「どんだけデータ取ってんだ、怖えぇ」
「ハイビジョンで高画質、高音質高品質。一瞬にして容量消し飛ぶらしいよ、ハードなんてRだっていってたわ、DVD-Rと一緒で使い捨てだって。ホント怖いよね……これから、お前もそんなのに絡まれていくんだ、楽しそうだな」
「楽しくねーよ、死ね! 菊池、代わってやるから存分に楽しんでこいっ。遠慮するな」
「相手が悪いよ、無理。あのファン倶楽部に喧嘩売りたくない」
 そうしてぼうっと二人して、猛者を従えた図書委員キャラ鈴鹿先生を眺めていると、友人菊池が思い出したように切り出した。
「そうそう、昨日の鈴鹿先生……普段と違うっていって、あいつら騒いでたよ。激萌えだっていってよ」
 ん? あの気が違っているようなハードな先生が……激萌え? 物静かな胸に本を何冊か抱えてそうな普段と違う、あれが。
「菊池、あんなのがいいのか? 既に日本語喋ってなかったぞ鈴鹿先生」
「ギャップ萌えらしいよ、チビロリ三つ編み図書委員キャラの概念を覆す最強のキャラ属性だって。諜報部員が収録した映像が、胸チラも入って取引価格が高騰してんだってよ」
 うわぁ、物好きもいるもんだ。俺はもうちょっと、やんわりと優しい感じのお姉さんがいいんだけどなぁ。昨日の鈴鹿先生は、子供っぽい感じだったし。ギャップ萌えねぇ、解らないでもないが……ちょっと引く。
「菊池はどう? 鈴鹿先生はタイプ?」
「普段の鈴鹿先生は可愛いよなぁぐらいだったんだけど、諜報部員にちょこっと見せて貰った鈴鹿先生は……やっぱ萌える。激萌え図書委員に、理不尽に言い寄られんだよ、先生乗っけて盗んだバイクで走り出してぇー」
「そのまま事故って崖から飛べ。俺は駄目だな鈴鹿先生、こうやって話してて解ったけど、普段の先生の方がまだいいや」
 うんうんと頷いた友人菊池。まるで全てが分かっているかのように振る舞う。真剣な眼差しを俺に送り、晴れやかな面持ちで最後の唐揚げを持っていった。
「ちょっ菊池ぃ、それ最後の唐揚げ――」
「分かる分かる、お前にはちゃんとバイト先の先輩が居るもんな……五十鈴さん――だったっけ?」
「勝手に決めんな、まだ付き合ってねーよ」
 きょとんとした菊池は俺の御飯まで食べながら、眼を見開いた。友人菊池は全部平らげやがった。
「まだなのかよ、マジで。今までの先輩の話し聞いてたら、もう付き合ってるかと思ったよ。なんだかんだと手伝って貰ったり飯食ったりしてんだろ?」
「まっ、まあな」
 確かに色々やって貰っている、お礼で飯も奢っている。ただ、五十鈴先輩は出来の悪い後輩の面倒を看てくれてたんじゃないのかぁ、分らない。
「お前は気にしないでも、先輩の方からアプローチくるから心配するな。俺は鈴鹿先生かな?」
 友人よ、ズバッとド真ん中突いてくるじゃないか菊池ぃ、新手のニュータイプか?
「菊池……あの新兵器撃ち込んでも死ななそうな奴ら相手に、お前は頑張るのか」
「嗚呼……忘れてた。そうなんだよ、恐ろしく強そうなんだよぉファン倶楽部の面々」
 俺は、友人菊池の肩を優しく叩いて、食堂から出た。食堂から出た瞬間、むわっと蒸し暑い風が俺を叩く。菊池は「なんで鈴鹿先生は、さっき――お前に声掛けなかったんだろう?」と聞いてきた。俺は「そんなこと知らん」と答えて、午後の授業を受けるため、校舎の中に入った。



 Ⅴ.キャンパス
 校舎三階のドアをくぐると、そこは途轍《とてつ》もなく暑かった。非常階段三階、鉄の階段の踊り場は、太陽光が反射して暑いというよりも熱いぐらいだ。逃げるようにして階段を下る、一瞬、ホンの一瞬――昨日の事故が脳裏をよぎったが、あまりの熱さに俺は駆け降りていた。
 嫌な予感……フラッシュバック。
 ――むぎゅ。
「マジですか、俺……何か踏みましたよね、そう柔らかい何かを」
 プルプルと脚が小刻みに震える、俺はそうっと何かを踏んでいると思われる右足をあげた。
 言葉では言い表せない、理不尽というか自分の愚かな行為を呪いたくてしょうがない。変人極まりない鈴鹿先生の性格を考えると、この場に居てもおかしくはなかった。
 俺は馬鹿というか、いや馬鹿だ。
 ヲタク的に漫画の典型は天丼、同じネタを被せるのは定石、萌え属性――図書委員鈴鹿先生――ならネタを被せるに決まっているじゃないか……くそっ、眼鏡っ娘三つ編みの認識を甘くみていた。
「やっぱ、鈴鹿先生ですよね……」
 俺はシドロモドロで話しかけた。
「嬉しいぞ君、私は嬉しすぎる。この昨今に置けるお約束的ネタを受けうる技量のある人間が少ない中で、君はシッカとやり遂げた。ネタを振っても冷たくあしらう現在の情勢に真っ向から立ち向かう反骨精神、これぞ真の漢! 即ち私に対する愛だ。さあさぁ気に病むことはない、胸を張って私を抱き締めたまえ、遠慮することはない」
「……いえ、遠慮します」
「君の愛が大きすぎて、壊れるまで抱き締めてもいいんだぞ? 壊れちゃってもいいんだぞっ君」
 この人はどうして思いっきり振りかぶって、フルスイングで空振り出来るんだろう。
「むしろ、壊しちゃえ!」
 鈴鹿先生……そういいながら拳を作って、人差し指と中指の間から親指を出すの止めてくれませんか、もの凄く卑猥です。表現が素直でストレート過というか、誰もそんな直球投げませんから。
「鈴鹿先生、昨日と同じで――帰ってイイデスカ?」
「狂おしい程抱きしめて壊したい! と号泣しながら雄叫びをあげて、私に愛を届けてくれたら許可する」
 ビシっと中指を立てる鈴鹿先生……そこは親指と思うのですが、そうですか。チビロリの鈴鹿先生は下から俺を見上げる、真っ直ぐな視線で貫き、俺は金縛りにあったように身体が動かない。鈴鹿先生はタイプじゃないといっても三つ編みソバカス眼鏡チビロリない乳派図書委員属性、ヲタクの心を鷲掴みにすることなんて簡単だった。
 図書委員鈴鹿先生は結った三つ編みを振り回しながらいやいやをする。イキナリ俺の腰元に腕を回し、しがみついた。
「昨日は逃がしたが今日は逃がさん!」
「ちょっ、鈴鹿先生……」
「愛ゆえに人は哀しむ――愛など必要では無い、と言い張った猛者がいる、しかし私は断じて違う」
 ギリギリと腕が食い込んでいく、俺が壊れそう。論点がズレつつ、さらに熱弁を奮う。
「持論はこうだ、愛ゆえに人は喜ぶ――愛は必要ではないか! 案ずるな、なにもいわなくても解っている、照れているんだろう? たかだか二十そこいらになった若者の純情は鋭角で脆く、割れた硝子のように人を傷つける。だが君に傷痕を付けられるのは結構、愛と言う名の傷を私の身体に刻み込んでくれ」
 トドメに、か細い声でカモンと聞こえた。
 ――俺は逃げた。
 怖い……怖すぎ。昨日より遥かにレヴェルアップした鈴鹿先生には、誰にも勝てない。押し切られるどころか家に帰れなくなるどころか、勢いあまってこのまま入籍させられそうだ。
 鈴鹿先生諸々属性を振り切って、俺は階段を駆け降りた。
「何といったらいいか、鈴鹿先生……お疲れ様です」
「酷い。一度もならずも二度までも、純潔を絵に描いたような清楚な私を傷物にして逃げるのか。清清しく可憐に散る乙女は、こんな事でへこたれない、愛が私を呼んでいる」
 カンカンカンと物音を立てて俺は階段を走った。しかし上からコンコンコンとヒールの足音が聞こえてくる。純情路線を頑《かたく》なに言い張る鈴鹿《おとめ》が追い掛けてきた。
「先生! 清楚な乙女は粛々と華と散って下さい」
 俺は階段を降りきってキャンパスへ出た、そのままノンストップで校門へと駆ける。非常階段から足音が消え、鈴鹿先生もキャンパスへと続いた。


 ☆


 追いかけてきていた鈴鹿先生は息を切らしている、俺はアドバンテージを取った位置にいた。図書委員のシンヴォリックな三つ編みをなびかせて、鈴鹿先生は肩を上下させていた。
「待て、愛する我が君よ。愛の逃避行も趣があって宜しいが、今は解り合うのが肝心だ。私の元に帰ってこい」
「スミマセン先生、俺にはバイトが待ってますので――」
 少し罪悪感に苛まれながら、俺は走り出そうとした矢先――同じく鈴鹿先生も駆けようとして足を前に出した、が。
「あう」
 あっ、こけた。スッテンコロリンと前から豪快にコケた。ずるずると重力に導かれ鈴鹿先生は芝生の上をずっていく、眼鏡は吹き飛び顔は土を削って止まった。泥だらけになったチビロリっ娘、その姿をみたらズキズキと胸が痛んだ。
「鈴鹿先生、ごめん」
 俺は声を掛けていたら、吹き飛んだ眼鏡が通行人の足元まで転がる。そして靴に当たって止まった。
 眼鏡を追っていると、眼鏡が当たったその靴に見覚えがあった……赤のスニィカー、革のジャックパーセル。仕事だから濡れても汚れてもいい、といっていた安物の赤いスニィカー。居酒屋のバイト先の先輩と同じ靴だった。
「五十鈴先輩?」
 足元から視線を上へと持っていく、にっこりと笑みを浮かべる五十鈴さんがいた。
「別に五十鈴さんでいいわよ。で、どうしたの? こんなところで」
「ちょっと先生と……」
 ん? と俺を一瞥して、スラリと五十鈴さんは立っていた。プリントもののティシャツにジーンズ、いつものように頭はポニィティルに結っている、うっすらとナチュラルな化粧にピンクのリップが印象に残った。身体のラインが綺麗に流れる、その凶暴なフォルムに一撃必殺。
 この使い方が間違ったような、三位一体の微妙な取り合わせに俺は、茫然と立ち尽くした。
「先生、眼鏡お返しします」
「嗚呼、ありがとう」
 ぶっきらぼうに眼鏡を渡した五十鈴さん、鋭く瞳が閃光したようにみえた鈴鹿先生。水面下でカルマが蠢いているようだった。分らないけど、何かが動き出していた。
「で? 鈴鹿先生。うちの後輩に何か御用ですか?」
「愛する我が君と語らっているだけだが……五十鈴君っていったかな? うちの後輩、うちのとは、はてさて一体」
「な、なによぅ……あ、アンタこそ愛する我が君って。ちょっと、どういうことよ!」
 イキナリ血走るような毒舌、流石の俺でもどうなっているのかは分かる。女同士では語らずに、何かで察知出来るのか、息苦しい……おうちへ帰りたい。
「遠い昔、幼年期に愛を誓った仲だ。最近の、ポット出の五十鈴君には出番はない。邪魔をしないでほしいんだがな」鈴鹿先生は俺をみる。
「ああああ、あたしだって昨日キスして、つつつ……付き合いだした仲なんだからねっ」五十鈴さんは俺を睨みつけた。
 誰か助けて下さい。この夢にまでみた伝説のハーレム状態。それがこんなに辛いものだったなんて、リアルは厳しいものがある。嬉しい反面悲鳴をあげそう。
「あああ、あああ――」
 何も言葉が出なかった。
「もう! アンタも何か言いなさいよ、あたしだって恥かしいんだからぁ」
「まあまあ五十鈴君、そう興奮しなさんな。私など愛おしい我が君に、か弱いお腹を踏み付けられ傷物にされて、心身ともに彼のものになった上に、我が君は私にブラをひょいっと引っ張りあげて、全てを見透かしてしまったんだ。その日は感涙のあまり寝られなかったんだぞ」
 ――この絶妙なタイミングで……絶句。
「ええっ、ちょっとぉおアンタ! 昨日何やってたのよ。馬鹿――馬鹿ぁ」
「何をって、俺、何にもしてないっすよ五十鈴さん」
「そうそう、取り立てて特別な何かをやってはいない。ただ、愛する二人がやることは一つ。育みというか営みというか……生娘が女性へと脱皮する感じか? 我が君」
 脳が融解したように真っ白になった。ある意味完璧なタイミングですよ、最強の萌え属性鈴鹿先生。うな垂れるように頭を抱え込んだ俺は、ある結論に達しようとしていた。
 夢落ち。そう、夢落ちなんだ。
「五十鈴さん、俺を思いっきり殴って下さい」
「どうしたのイキナリ、しっかりしなさいよ。ちょっとぉ」
 たじろぐ五十鈴さん、心配そうに俺を覗き込み頭を撫でた。「変人相手に頭おかしくなっちゃったの?」五十鈴さんは、よしよしと優しく接する。
「五十鈴君、君はいやに馴れ馴れしいな」
「アンタに言われたくないわよ、うちの後輩おもいっきし嫌がってるじゃないのさ」
 腕を組んでいた鈴鹿先生は、人差し指を立てて左右に振り、チッチッチと舌打ちをした。
「これは、だね。いわゆる一つのツンデレだ、照れ過ぎてしまって反発してしまうものだよ。我が君もこの現状は夢落ちだと疑心難儀に満ち溢れている。仕方がない、ここは私が愛の儀式――処女の接吻――で覚醒してみせよう」
「ば、バッカじゃないの先生! そんなんで起きる訳ないじゃないの。処女の接吻って、何考えてんのよぉ」
「処女じゃ無い奴に言われたくない」
 むすっとして、チビロリ派自称処女鈴鹿先生が言い返した。
「むきぃ! そそそそそそ……そんなことないわよ!」
 わなわなと打ち震えた五十鈴さんは、俺の胸元の襟を掴んで豪快に振りまわす。顔を真っ赤にした五十鈴さん、俺は意識が回復しないまま禁句を口走ってしまった。
「処女なんだ……」
「五十鈴君……処女なんだ。まっまぁ、誇りにしたらいいんじゃなかな」
 鈴鹿先生の追い討ち。しかも騒いでいたお陰でギャラリィが集まってきていた、ざわざわと……聞こえる。ひそひそ声が重なって辺りを包み込んだ。
 ――処女なんだ……処女。――その歳で処女なんだ……可愛いのに。お姉系なのに――その歳で。――よっぽど男運が……辛いよねぇ。
「ううう、うっさいわよぉ馬鹿!」
 振りかぶった五十鈴さんの平手が、俺の頬に入った。パシィと、快音がキャンパスに響き渡る。霞んでいた視界がみるみるうちに元に戻っていく。しかし、俺のある結論は失敗に終った。
 嗚呼……夢じゃなかったんだ。
 刹那、視界が戻った途端――霞んで暗闇掛かった視界が元に戻っていったが、そのまま真っ白に視界が歪んでいく。五十鈴さんの想い《マイナス要因》が込められる平手が、脳を揺さぶり意識が失われていった。
「ちょっと、大丈夫? ねえ、大丈夫?」
「我が君! 心配ないぞ、私がついているからな」
 二人の言葉を聞きながら、目の前が真っ黒になった。――五十鈴さんは処女だったんだ……



 Ⅵ.家宅
 ねえ、ちょっと起きてよ、ねえ。
 声がする、心地いい声。五十鈴さんの声がする。
 この寛容的な愛のウエィヴで起きないところをみると、愛しの我が君は相当憔悴しきっているようだな。
 甘い声がする、心に抉り込むような声、逃げられない感じがする声、鈴鹿先生か。
 ――両脇が暖かく柔らかい感触が俺の腕を絡めていた。むにゅむにゅとして、しっとりとした質感が幸せを感じる。両耳に吐息掛かる、くすぐったい声が入ってきていた。
「五十鈴君これでは足りない。ええい、暖めに邪魔な下着を取ってしまいなさい」
「ええええ! 何で、もうこれ以上は恥かしいよ先生。大体どうして後輩を起こすのに、裸で抱き合って起こさなきゃなんないのよ!」
「決まっている、愛するものを起こすのは処女の接吻か、もしくは乙女の純情、即ち生まれたての姿によって愛情を掛けて、肌で暖め合うのだと決まっている」
「嘘よ! そんなこと聞いたことないわよ」
「なら別に私一人でいいが――むしろその方が好都合だしね。しかし残念、五十鈴君の抉り込むドラゴンアッパーのようなえげつない平手が、確実に仕留めたか」
 俺の胸から脚に掛けて、左右違う感触の指がつるつるとなぞっている。下から上へ鎖骨から内太腿まで、さらさらの指が上下に滑る。
「分りました、やればいいんでしょう。そんなの、先生一人にさせたら、うちの後輩犯されるわ」
「犯しはしない、愛情を互いに確かめ合うだけだ。だいいち五十鈴君のそのブラ、素材が安物且つチィプだ、大事な身体を引っ掻いてしまう恐れが」
「失礼ねぇ何が安物よぉ、そりゃぁ……確かに上下セットで三千円ぐらいのものだけど」
「私などはワコール社製の下着。ショッキングピンクとベージュのギンガムチェックの上下、華奢な身体でチビロリィ系の私にドンピタだ。清楚で可憐、我が君に従順な私のための然るべき下着なのだよ、ちなみに二千円のリィズナブルな金額だが、君と違って材質はオールコットンと――肌触りのレヴェルはトップクラスに君臨する」
「そんなこといって、アンタ今着けてないじゃない!」
「むむ確かに私は全裸、だがこれは仕方の無いことなんだ。いくらオールコットンだと講じたところで、絹ごしのような裸体の前では全面降伏、ありていに平伏してしまうもの。そうでなくとも清楚の中にエロティズムを有する私に腕を抱かれる我が君は、ピクピクと私の内腿を弄ってしまっている」
 俺は、只今の状況がさーっぱり解らないが……どうやら五十鈴さんに平手を喰らって気絶していたらしい。両サイドで喧嘩をしてる五十鈴さんと鈴鹿先生の解り難い会話で把握出来た。半濁したような意識の中では感覚が麻痺している、現在何処で何をしているのかも、さーっぱり解らなかった。
 そうしている内に、左の耳からは鼓膜が破れるのと違うんか? といわんばかりの五十鈴さんの罵声が飛んだ。
「ちょっとぉぉおお、何先生に欲情してんのよぉ馬鹿! ……ぁ、ぁたしん所はなんにもしないじゃない、ばか、ばかばか」
「ふふふ五十鈴君、どうして君に何もしないかって? そんなもの、艶も色気もへったくれもない安物の下着を着けているからだろうに……乳だけがデカくて色気無いなぁ」
「分ったわよ、脱げばいいんでしょっ脱げば! まぁーったく色気の無い人にいわれたくないわよ」
「清楚の中の雅が分らないお子ちゃまは、ふぅ……怖いなぁ、全く」
 微妙に噛み合っている会話を聞きながら、俺は意識が回復してきていた。とりあえず左頬がジンジンするのは置いといて、俺はベッドの中で寝ているみたいだ。そして両サイドで五十鈴さんと鈴鹿先生がいる。
 ……肌の感覚がおかしい。腕には今までに感じたことがない、すべすべとした不思議な肉感。この直接肌に感じる感覚は。
 俺、服着てない? ハイ、着ていません。
 左の腕にいる五十鈴さんがもぞもぞと、中で動いていた。かさかさとした質感の中に、たわわな肉質を感じる。むっちりとした五十鈴さんの肌が腕に巻きついてくるような、吸い込まれる感触だ。
「ううぅ、ねぇ早く起きてよぉ……」
「黄金の右が効いたな」
 鈴鹿先生の一言で静かになった。両耳では、甘い吐息が続く。そして俺にしか聞き取れないほどの小さな声で、五十鈴さんは「ごめんね」と囁いた。
 嗚呼、もう。意識は完全に戻ったけれど、起きれない動けない。掌に感じる二つの感触、左に感じるのは、むにゅりと吸い込まれる太ももの五十鈴さん。右に感じるのは、ほっそりとした肌理細やかな太腿の鈴鹿先生。
 あっあかん、抗えねぇ。
「むむむ、五十鈴君。良かったな、我が君が起きたぞ! これでコークスクリュゥ気味に入った黄金の右で、我が君を生きた屍に仕上げた十字架を背負わなくていいな、ほれ」
「ちょっ、先生何すんのよ?」
 布団の中で、鈴鹿先生は五十鈴さんの腕を取った。そのまま先生の手は俺の下半身へと……って、えええ!? マジでちょっと待って下さい。
 はううう、そっと先生は五十鈴さんの手に握らせて、先生はその下を掴んだ。むにむにと先生は優しく揉む。あう、この違う二つの感触が同時に。
「おっきい……」
「な? 我が君が起きただろ?」
「お、お、お、おっきしたって、その意味じゃぁないよ……あん、凄く熱いよ」
 鈴鹿先生はくみくみと弄って、下から五十鈴さんの手を押し上げ、五十鈴さんの手を半ば強引に差し向ける。何度も鈴鹿先生に下から突かれた鈴さんの手は、徐々に握る力が入っていき、ぎこちない指で――
 いい……そして、気持ちいい。
 そうして、鈴鹿先生は下から突くのを止めて擦る。右の耳に暖かい吐息が掛かって、高くアニメ声のような鈴鹿先生は優しく囁いた。「さあて、これはどうかな」鈴鹿先生は一旦弄るのを止め、三つ編みで首筋を撫でた。
 あひゃぁ。
 ぞくぞくぞく――っと全身に鳥肌が立った。さらに鈴鹿先生は、右耳に息を吹きかけて囁く。「ふふふ……気持いいのか? 我が君。ほら、何も仕掛けてないのに、一生懸命五十鈴君、あらあら大変だ」鈴鹿先生にそう囁かれ、一気に脳が麻痺していく。
 左耳では五十鈴さんが、何度も何度も――「ねえ、気持いい? ねえ感じてるの?」と囁く。
 ああああ――俺のリビドゥが一気に跳ね上がる。ヤバイ……こ、こんな設定ありえねぇ。視聴率獲得のため、製作会社サイドの作為的な悪意を感じる。
 追い討ちをかけるように、鈴鹿先生が俺の手を持って自分のロリ系ナイ乳に当てる。そして悪戯っぽく囁いた。
「おっぱいペっタンコなの……お願い、おっきくして」
 ぐはっ! ヲタク心を揺さぶる鈴鹿先生、確信的に詰めてきやがる。俺の左腕は五十鈴さんの大きいおっぱいに挟まれ、左手は鈴鹿先生の胸の中。この表現不能な――己が過度に加速度的。
 一心不乱な五十鈴さんのひたむきさ加減に申し訳ないと想いつつ、そのひたむきさ加減が逆に興奮してくる。
 もう駄目……宇宙《そら》に向かって撃ち出しそうです。
 既に手馴れた手つきの五十鈴さんは、その性格からキツメに握り、搾り出すように無我夢中。鈴鹿先生に何もいわれていないのに、五十鈴さんは止まらない。五十鈴さんはもう片方の手のひらで、一旦止めていたことを再開、むにむにと揉みしだいていく。
 弾力のあるやわらかな太ももに、ぎゅーっと掌を締めつめられる俺は、五十鈴さんから溢れ出したものを感じた。自然と俺は、五十鈴さん側へ顔が向けられていく。
「手に取るように、わかるぞ、我が君。私というワイフを差し置いて、妾に心を許すなんて」
 ぐいと顔を引き寄せられ、可愛らしい瞳を輝かせて、改めて三つ編みソバカス眼鏡チビロリナイ乳派自称清楚な鈴鹿毒舌萌え要素満載先生《乙女》が、俺の唇を奪った。もう俺は、この人から逃げ出せないんだね、パトラッシュ――
 五十鈴さん鈴鹿先生と俺の感情が入り乱れながら、限界が込み上げて全出力。五十鈴さんが放つ、渾身の手腕が猛威を奮う。鈴鹿先生からは、GOの合図が囁かれていた。
「ええい、ままよ」
 布団を巻くり上げ、そして起き上がり、俺は逃げ出した。
「起きました! 俺、起きましたよ」
「えええ! ちょっ」
「うふふふ……我が君は可愛い、これが若さか」
 どうしていいか分らない、とりあえず目にとまった俺のシャツを拾い上げて、部屋を出た。裸のまま廊下に出た俺は、斜め向かいのトイレットとあったドアを開けた。
 バタン――



 Ⅶ.再び菊池来襲
 一連の濁流の中で、男の性《さが》と鈴鹿先生の押しの強さに流されていた俺は、落ち着く為に呼吸を整える。はぁはぁはぁ……収まらず息があがる。一旦座椅子の腰を下ろし、額から流れ出る汗を拭った。
「後先のこと考えてなかったが、これはこれで二人に対して悪いことをしたんじゃ」
 何事にも悪い方向へと導く鈴鹿先生にはあまり罪悪感を感じなかったが、その濁流に流された五十鈴さんには、気の悪いことをしてしまったと、罪悪感が込み上げてきた。
 しかし、まさか、あの五十鈴さんが俺のことを……しかもさっきのイベント。思い出すとドキドキと嬉しさと恥かしさが、これまた濁流にのって押し寄せてきた。
「なんにしても、このままでは危険だ。鈴鹿腐乱恥先生の策略に巻き込まれ、ドキドキのスリィポイントパーティ、三人プレイが待ち受けている。くそっ、俺はこんな――なし崩し的に童貞を失うのか」
 この、今どこに居るのかすら分らない状況を打破するには、ヤツの助けが必要だ。このヲタク心を擽《くすぐ》って興味津々な出来事をヤツに話すと、嬉しそうに野次られるかもしれないが、悠長なことをいっている暇はない。逃げ出す寸前に拿捕したシャツの胸ポケットから携帯を取り出す。
 俺はすぐさまヤツ――友人菊池――に電話を掛けた。
「菊池、俺、今、何処に居るのか分んないんだ。助けてくれ」
「え? どういうことよ。お前、今、バイトしてんのと違うの?」
 過度に湾曲したこの現状、リアルではありえないが起こってしまったこの設定、五十鈴さんと鈴鹿先生との板挟みの中で、こんがらがった糸を解いていくかように、一から懇切丁寧に菊池に伝える。俺すら混乱しているのに、友人菊池が分るはずがない。何とか無い頭を絞って、記憶を辿りつつ菊池へと伝達する。
「なにその天地無用的な状態。熱いね~、何? お前自慢してんのか」
「アホか! 俺にそんな余裕ねえって。とりあえず俺一人じゃ何ともならんから、菊池ぃ助けろ」
「五十鈴さん居んだろ? 二人掛かりで何とかしろよ」
「無理、出来たらこんなところで電話してねぇって。鈴鹿先生のやること半端じゃねえから、菊池来いって」
「来いっつったてなぁ……どこに居るのか分んないんだろ?」
「多分……五十鈴さんの家か鈴鹿先生の家だと思うんだけど。それすら間違ってるかも知れないし」
 目を開けてから、逃げ出すようにトイレに駆け込んだため、部屋がどんな感じだったのか廊下がどうだったのか、全く分らない状況だった。
「んじゃぁ、お前の頼みだ、何とかするよ。ちょっと調べるのに時間が掛かるから、何とか耐えてくれ。まあ、最悪犯されとけ」
「てめっ、何言ってんだよ! 鈴鹿先生はああいう人だから――まあ、ともかくとしても、五十鈴さんが可哀相だろうが」
「くっくっく、頑張れよ。それはそれで面白いじゃんよ。そんな設定に出くわしたいよなぁ、俺って恵まれてねえよ」
「いつでも代わってやるから、早く来い! すぐさま、即!」
「はいはい、分りましたよ。また後で~」
「おう、頼む」
 携帯を握り締め、電話を切って折り畳んだ。とりあえず、俺のこれからの行動を考える。
 このまま、逃げ出すにしても五十鈴さんを置いていけない。五十鈴さんと逃げ出すにしても、鈴鹿先生に絡んでしまったら、あの超絶属性以下略の策略に丸め込まれ、二人共押し切られて犯されるかも知れない。一方的な自称愛情が、俺たちを絡め取ってしまう可能性が大。いや俺と五十鈴さんの防御力からしても、確実に仕留められる。しかも悪気がなく、紛れもなく本気だから性質《たち》が悪い。憎めないところも、さらに抉り込む黄金のアッパーカット。
「残った選択は、一度部屋に戻って、菊池が来るのを待つしかないか……」
 そうして、俺は、ドアのノブを掴んで捻ろうとしたところで、携帯電話が鳴り出した。
 来た? 菊池? 俺は急いで携帯電話の通話ボタンを押した。
「犯されてる?」
「まだだよ――ってか、犯されねえよ」
「それは残念。お前のヴィバ脱童貞、ひと夏のアヴァンチュゥルを楽しみにしてるのによっ」
「てめっ、シャレにならねぇって。マジでお前――今何処よ?」
「くっくっく。今すげぇことなってんのよ、お前の居る場所が分かって目の前に居るんだけどよ、鈴鹿先生ファン倶楽部の面々が家の周り囲んでて百人ぐらいは居るんじゃねぇかな。俺の数少ない友人たっての頼みだから、諜報部員に聞いて何とか来てやったぞ」
「マジで! そんな居んの? 俺……生きて帰れるのか」
「さあね、まあ木に登って撮影してたヤツがゴミのように降ってきたらしいから、無理じゃねえの」
 ガッガッ! 視《み》られてた、あの光景……しかし、布団の中の出来事だから、五十鈴さんの裸はみられてないハズ。木の上諜報部員撮影隊は鈴鹿先生の、おっぱいペっタンコなの……以下自粛の発言に駆逐《や》られたか。だったら、菊池もこのことを。
「なあ、菊池。何処まで知ってるんだ」
「ん? あぁ全部。ってか、お前逃げ出す時五十鈴さんで……部屋の中で鈴鹿先生と五十鈴さんがさぁ、言えねぇ――これ以上は言えねぇ」
「うぞ……ちょっ、おまっ」
「さっきから撮影隊がボトボト木から降ってきてるしよ、撮影出来んのかよ……これ」
 一体部屋で、五十鈴さんと鈴鹿先生が何をしているのか分からないが、これ以上エロエロシィーンを撮られてたまるか。
「今からすぐに突入して助けろ。俺も部屋に戻って何とかするから」
「はいよ。俺も、どう突入するか考えてるから安心しなさい、俺って友達想いだよなぁ――んじゃあ、今からピザ屋を装って突入するから、お前は注文したことにしていてね」
「ピザって、おい。このタイミングで誰がピザ注文するか! おい、菊池ぃ、おい! 聞いてんのか」
「アムロ逝きまーす!」
「逝ってどうすんだ、菊池、マジで、無茶だって、菊池ぃいい」
 ――切れた。
 友人菊池忠士、言うにこと欠いてピザ屋はねぇだろう、不自然極まりまくってるやん。勘弁してくれよ……
 俺はドアを開け、逃げたこととピザ屋の注文の言い訳を考えながら、部屋へと向かった。


 ☆


 さて、改めて廊下を見渡してみると、ここは家屋の最上階だと分った。すなわち、下る階段しかない。一般的な家屋の構造から考えると、ここは二階か三階だろう。五十鈴さんと逃げ出すとすると、窓からの脱出は厳しいとみた。俺は眉間に皺をよせ、頭痛がしてくるのを耐えながら部屋に戻る。
 すると、ドア越しから鈴鹿先生と五十鈴さんの声がしてきた。特徴のあるアニメっぽい可愛いらしい鈴鹿先生の声と、大人っぽい甘い五十鈴さんの声だ。
「ちょっと先生……ヤダ、ヤダったらぁ」
「むむむ、五十鈴君、そいつを私によこしなさい。それは我が君の大事なものだ」
「そんなこと、いったって……」
「さあ、早く、早く」
「そんなこと言ったって、アンタが奪いにくるから、あたしたちベトベトじゃない!」
 ベトベト、何してるの? 
 一体どうなっているんだ、想像するに……俺の何かを奪い合って揉み合っている、しかも裸で。さらにそれを高画質ハイビジョンキャメラで撮影中――と。
 このまま放っておけない。
「もう、イヤァ! 鈴鹿先生アッチ行ってよぉ~馬鹿ぁ」
「駄目駄目駄目――五十鈴君、我が君の独り占めは駄目だぞ」
「ちょっと、あっやん。そんなとこ、さわんないでよ……あぅ、ううぅ」
 マズイ、俺は急いでドアを開けた。
「すみません、あまりにもトイレに行きたくて」
「きゃっ!」
「おお、我が君待っていたぞ、さささ、先ほどの続きをば。まあ、見る限り五十鈴君と戯れていたのだが、なかなかに五十鈴くんの――ふくよかなむっちりバディは、感触豊かで気持ちが良い」
「ちょっとぉお、なにゆってんのよ先生。あ、アンタが襲ってこなかったら、こんなことにはないってないわさ」
 ふるふると五十鈴さんは、鈴鹿先生に指を差して打ち震えていた。
「あああん、もう。アンタ何みてんのよ! 男だったら目を逸らしなさいよ、馬鹿!」
 さっと、ベッドのシィツに包まる五十鈴さん。鈴鹿先生は裸を曝け出したままベッドの上で、ゴロゴロと寝転がっていた。あかんべをする五十鈴さん、だけどもじもじと身体をよじらせて、頬を高揚させていた。
 何だこの惨劇は、鈴鹿先生は戯れていたといっていたけど、やっぱり二人して揉みくちゃだったのか? ふくよかなむっちりバディの五十鈴さん……左手に感触残るむっちりとした質感。はうぅ……俺がトイレに駆け込んだ後、五十鈴さんで出した何かと、ベトベト、むっちりふくよかバディ、鈴鹿先生と五十鈴さんのお戯れ。繋がる一つの接点は……
「鈴鹿先生、俺が居ない間に何やってたんだよ!」
「そうだな、ツンデレ五十鈴君とエロエロプレイ、もとい我が君の残した大事な物と五十鈴君とマッスルドッキング」
「マッスルドッキングって、ドッキングしてどうすんだ! ネタも古いし」
 ガツンと鈴鹿先生に突っ込んだら、鈴鹿先生は眼をキョトンとさせて、中指を突き出した。――だから、そこは親指だろうが。そうして、ずるずるとベッドからゆったりと降りてきた鈴鹿先生は、幼いチビロリ萌え体形を魅せつけながら、俺に抱きついた。
「うん……そだよね、マッスルドッキングしちゃぁイケナイよね。だあって……マッスルにドッキングするのは、我が君とだもんっ」
「うわっあ、鈴鹿先生キャラ変わってる! ちょっと待って」
 ガッツリ図書委員ロリキャラを発揮する鈴鹿先生。真正面から俺に抱きついて、胸に顔を埋めた。
 きたねぇ、ヲタクの心理を弄びやがる。そのバディとフェイスと、舌足らずな口調で言い寄られたら抵抗出来ない。
 さらに埋めていた顔をあげたロリ状態の鈴鹿先生は、俺を上目遣いで視線でうるうると瞳を潤ませる。
「凄いよ我が君……おっきくなって、私のお腹をガンガン突くの」
「あああ、あああ、あああ……」
 鈴鹿ロリッ娘先生、優しく撫でるのは止めてくれぇ。菊池ぃヘルプ、ヘルプミィKIKUCHI――俺は、この負け戦《いくさ》に、立ち向かって行かなくてはならないのか。
「くっくっく……裸にシャツ一枚じゃあ、お前には厳しいか。ピザの配達とか言ってる場合じゃねえよな、待ってろよ今いくから」
 なにぃ! 何処からか菊池の声がしたぞ。どうなってるんだ……
 すっと俺のシャツの間に入り込んだ鈴鹿先生は、出来るだけ身体をシャツで隠しながら、ベットの横にある窓を見つめた。五十鈴さんは、頭を抱えながら、しょうがなさそうにもぞもぞと、シィツに包まりながら壁に背を倒した。
「行くぜシャア! もとい相棒。コアファイター機アムロ逝きま~す」
 ヘヤッ! という、俄然ヤル気な菊池の掛け声が飛んだ。
「マジで……」
 刹那――ガシャーンという衝撃と共に友人菊池、保育園からの腐れ縁、長年の悪友、ヲタク同盟、菊池忠士が――窓を突き破って登場した。
「ドミノピッツア菊池忠士、只今参上! 積年のライバル兼親友よ。くっくっく、後の事なんか、なーんも考えてねぇよ」
「おお、おお、派手な登場だなぁ。我が君の友人菊池とやら、今日は長い夜になりそうだ」
 頭から窓に飛び込んで、粉々になった窓ガラスと共に登場した友人菊池は、ベットから転げ落ちてフラフラになりながら、よろけて立ち上がった。
 ぬめりと儚い虚空の窓から、現在の何ともいえない状況の生暖かい風が入り込んできた。夏の始まりを知らせる蝉が、夜にも関わらず時間を忘れて鳴いていた。
「あ……うん、菊池、その」
 俺は言葉を飲み込んだ。しかし鈴鹿先生は眼鏡をくいと上げて、何気に楽しそうに呟いていた。
 俺は流石に言葉を失った。ベットに居る五十鈴さんは唖然として、ツンデレ属性としても、やはり突っ込む気力を失っていた。
 蒸した微風がカーテンを撫でつけて、波打っている。そうだ、夏が……夏が来るよクルーの皆。



 Finale.Endless Summer Nightaholic Otaku Requiem.
 突き破った窓から外気が入り込んできて、室内はむわっと蒸し暑くなってきていた。その中で、俺を入れて四人は菊池の登場で――数分間固まっていた。今までに、俺はこの激しく揺れ動くスピード感溢れる展開にはついていけず、固まってしまうことで、やっと少し落ち着くことが出来るようになった。
 二度目になるこの部屋は、殺風景な空間の中にベッドと箪笥と机があるだけだった。他に何もなく、物が無いから散らかりようがないと、いった具合に物寂しく思えた。ベッドにはアイボリィの無地の上布団、五十鈴さんが身体を隠すのに使っているシィツは、パリッとした白、中央にはアクリルボードのちゃぶ台に、壁際では黒い勉強机、生活感はあるが一人で居ると胸が詰まりそうだった。
 その黒の机に飾られていた写真立てが眼に入った。――子供三人の写真、幼稚園児らしき男の子が二人に小学生ぐらいの女の子が一人、前で笑う悪ガキ二人の肩を抱いて、後ろでにこやかに笑顔を浮かべる女の子の写真――褐色に色焼けした古い写真。
 眼鏡を掛けた後ろの女の子は、うっすらと鈴鹿先生の面影があった。幼い頃の鈴鹿先生の写真、じゃあこの部屋は鈴鹿先生の部屋……物憂いしさが漂っている。訳のわからない、無駄にテンションの高い鈴鹿先生のイメージとは、似ても似つかわない部屋の様相だった。
 って俺は、鈴鹿先生のキャラクターの奥に、何か理由があるんじゃないかと考えていたら。なにやら胸の中に居る鈴鹿先生が、くねくねと……
「もう! 先生。この状況にも関わらず、自分の股の間にあてがうのは止めて下さい」
「ケチンボだな君は、減るもんではなかろうに」
 ううう、ちょっと当たって、気持ち良いのが厳しい。あう、先生……ホントに勘弁して下さい、俺の手を取って胸に当てるのも反則ですって。
「我が君、よくよく考えてくれ。そこに手がある、そこに愛すべきものがある、どうするか? 決まっているではないか――胸に手を当て愛すべきものを慈しむ、輪廻を繰り返す生物の正常なまでの行為だ。心理であり定説、どう抗おうともだ。我が君、目の前に山が在れば登るだろ? 理由は簡単だ」
「そこに山があるから」
 すかさず友人菊池が突っ込んだ。
「ほうほう菊池君とやら、なかなかの手練れだな」
「その手のボケはジェットストリィムアタックに突っ込む、俺のヲタは伊達じゃないぜ!」
 友人菊池、ヲタクは関係ないだろ! 
 これはまずい、助けを求めて友人菊池を召還したがキャラが被って暴走し、菊池が鈴鹿先生弐になりそうだ。おそろしく面倒臭いぞ、これ。
 調子に乗った菊池が鈴鹿先生に畳み掛ける。
「知っているか、鈴鹿先生。キャベジンの名前の由来はキャベツから来ていることを、しかもキャベジンの後に出たキャベツーの由来は、キャベジンではなくプルツーから来ていることを」
「本当なのか友人菊池! まさかプルツーだったとは……」
 先生信じてる! 鈴鹿先生信じてるよ。
 ってか、嘘に決まってるだろ! 出してきたところがプルツーってガンダムヲタクしかわかんねぇし。そもそもキャベジン関係ないし、プルツー出したいだけやんか。
 俺は、おおおお――と感心しきりの鈴鹿先生を他所に五十鈴さんに視線を流すと、なんのこっちゃと肩を竦めていた。そりゃあこんなネタ振られても分かる訳ない。このままでは、意気投合した二人が悪乗りして――特に菊池が――脱出できないかも知れない。何しに来たんだ友人菊池。
 とりあえず何か話題を逸らすために、俺はさっき見た写真立ての話題を持ち出した。
「鈴鹿先生、机に置いてある写真は、若きし頃の先生ですか?」
「んん……ああ、私だ。」
 シャツの間に包まっている鈴鹿先生は、ずり落ちていた眼鏡を定位置に戻し、少し翳《かげ》りのある声色で答えた。鈴鹿先生の一言で、笑い先行の雰囲気は一転しシリアスな場面に染まった。
 俺もアニメの展開通り、無意識に聞いていた。「その写真に、何かあるんですか?」と。
「まあ……ね。まっ他愛もないことだが、友人菊池君も居ることだし、聞いてくれるか? かなり、だいぶ、いや壊滅的に話しが長くなりそうだがな」
 鈴鹿先生の立ち過ぎたキャラクターに俺たちは呑まれ、無言で首を縦に振っていた。するりとシャツの間から抜け出した鈴鹿先生は、裸のまま五十鈴さんが居るベットに腰を下ろした。すらりとした華奢な裸体に反応することもなく、違和感なくそこに居られるのは、この雰囲気と鈴鹿先生のオーラに包み込まれていたからだろう。
 窓から入り込む微風は、鈴鹿先生の三つ編みをなびかせる。鈴鹿先生は長くなる、といっていた話しを語り始めた。


 ☆


「我が君好きだ。以上」
「みじかっ!」


 ☆


「まあ、お約束はやっておくとして、我が君――ナイス突っ込み。瞬発力、判断力、間、完璧だったぞ。このまま何ごともなかったかのように話を進めるが……まず写真のことだったよな」
 これまでの一連のコメディ展開はなんだったんだろう、と思わせるほどに鈴鹿先生は、静かな立ち上がりで語り始める。そしてニヤリとほくそ笑んで苦笑した。
「通常ならばここで一発ボケを被せるところだが、安心して流されるまま聞いてくれ」
 息を呑んだ。
「私が小学校の頃――隣の金持ちの家の庭で、毎日年下の男の子二人が遊んでいた。当時流行っていたガンダムというアニメの遊びをしていたらしく、私はアニメなど観ていなかったから、それは何のゴッコなんだ? と聞いた。そうすると、
『ガンダム知らないのかよ、ダセーな』
 といわれ、もう一人の男の子に、
『シャアとアムロがロボットに乗って戦うんだぜ』
 といわれた。何のことだか分らないうちに、
『おねーちゃんララァやってよ』
 と、もはや――そのアニメを観ていなかったら日本語としてどうか? という所まで来ていた。仕方なく私は、勉強して、明日、そのララァという役をやるから。そういって庭の柵越しに手を振って、部屋に戻り、手当たり次第に友人に電話を掛けて、ガンダムの内容を調べた。一応、五十鈴君が居るから、分らない人のためにガンダムの大筋を話すとして、
 機動戦士ガンダムはジオン軍と連邦軍が戦争するという話しで、最終的に連邦軍が勝利するといった形で終結する。そのジオン軍のシャアという人物と連邦軍のアムロという人物がライバル同士にあって、戦争を通じてララァという女性を取り合って戦い合う。ついでにいうと、巡りあい惹かれあい、わかりあえる。そんな女性がララァという人物だった。
 そして、隣の男の子はシャア役とアムロ役に別れて遊んでいて、私にララァ役を頼んだ訳だ。翌日私は学校から帰宅し、すぐに男の子に声を掛けてガンダムゴッコをしていた。
 それが、その当時の写真。思い出の二人……そう、そこの二人だ」
 キラリと眼鏡が燦然《さんぜん》と輝いた。
 微かによぎるガキの頃の記憶。菊池の家の庭で遊んでいたのは覚えていたけど、そういえばララァが居たような記憶が蘇っくる。菊池んちの隣のお姉さんは、確かに眼鏡を掛けていた。そして突如居なくなった、引越ししたんだ。あの日、菊池が泣きながら、ララァが居ないとアムロは何も出来ないよぉ、と二人で遊んだ記憶がある。
 ――俺がシャア。
 ――菊池がアムロ。
 そして鈴鹿先生がララァ――
「じゃあ、鈴鹿先生を踏んだ時にみせたアザって、冗談じゃなかったんだ」
「うむ、流石に痣は残っていないが、我が君のいう通り冗談ではなかった。まあ、痣自体は無かったもので、からかうだけになってしまったがな」
 そうだったんだ。鈴鹿先生の、この訳の分らない、ふざけたキャラクターを作ってしまったのは、俺らが遊んでくれと誘ったから。
「じゃあ俺たちが引き金で、鈴鹿先生がヲタクの道に走ったんですか?」
「そう、ガンダムを知ってから、私もアニメに没頭した。ヲタクというのを理解した訳だ」
 すると、おかしい……どうして俺の前でこのキャラクターになったんだ。普段講義している鈴鹿先生は物静かで、ヲタクとは程遠い感じだったのに。
「じゃあ何で俺の前だけ、講義と違うキャラクターなんだよ」
「それは……だな」
 畏《かしこ》まった鈴鹿先生は三つ編みを摘まみ、真剣な眼差しを俺に送った。
「私はヲタク心を理解した、まではいっていたな? このフェイスとバディとこのアニメ声、その時点でヲタク達が群がってくることは解っていた、実際に学生時代はそうだった。現在はファン倶楽部まである。
 さらに、この性格と口調を周りに知られてしまうと身動きが取れなくなる。その結果、愛おしき我が君と出逢うまで封印していたのだ。これ以上、喜ばせるのは我が君で十分だ。我が君に迷惑をかけるのも忍びないからな、学食で声を掛けなかったのも、そのためだ。
 で、あるからして……我が君に出逢った時に、本来の私に戻った訳だ。
 さらにさらに、あの場所――非常階段で寝ていたのも確信的だ。我が君が毎日使用していると小耳に挟んでいたのでな、私はあの場所で陰干しされていた。
 即ち、陰干しは陰干しで、それはそれは気持ちが良いものだよ、ワトソン君」
 嗚呼……だから鈴鹿先生は非常識にも、非常階段で昼寝をしていたんだ。
 もう俺は、先生がボケても突っ込めないほど胸を打っていた。この殺風景な部屋の主、過去の俺たちに向けられた想い、ヲタクを貫き通した学生生活。あの壊れきった鈴鹿以下略属性先生の背景には、重い棺が引きずられていたんだ。
 完全に鈴鹿先生に呑まれた俺は、お約束的な展開にベタな心理となってしまっても、しょうがない。それほどに、鈴鹿先生の過去の重荷が俺たちを締め付ける。
 完全に堕《や》られた。これじゃあ俺は、鈴鹿先生を放っておけない。ここまで聞いたら、俺がララァの漢になるしかない。
 五十鈴さん、俺、貴女のこと好きだった。けど、鈴鹿先生と一緒に居なくちゃいけない、それが罪滅ぼしであり、これからの自分なんだ。
 ――この時の俺は、確実に脳から危険信号が発信されていたと思います、何度も繰り返すようですが、完全に脳が逝《や》られていました。それほどまでに鈴鹿先生のオーラが、空間が、外圧が、俺を絡め取っていたんです。ついでに菊池も逝《イ》かれてました――
「先生……鈴鹿先生。ガキの頃の名前で呼んで下さい。俺、鈴鹿先生と、ララァと一緒に居ますから、先生!」
 さあ呼んでくれ! シャアと呼んで俺の胸に飛び込んできてくれ! 先生、これから俺は貴女のことを愛していこうと誓います。
 鈴鹿先生はその生まれたての、ピュアな姿で立ち上がり、その名を叫んだ。
「アムロぉぉぉぉおおお」
 ん? アムロ?
「え? 俺?」
 友人菊池が振り向いた。菊池は自分に指を差して、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「アムロ……菊池君、貴様が」鈴鹿先生は固まった。
「ア、アムロ……俺、アムロ、お前は」
「あ、ああ、シャア……俺シャア、菊池は?」
「ア、アムロ」
「鈴鹿先生、三つ編みソバカス眼鏡チビロリナイ乳派自称清楚な鈴鹿毒舌萌え要素満載先生の、愛して止まない想い出の男の子は? 菊池」
「アムロ――フルネームでいうとアムロ・レイ。お前は?」
「シャア、ついでにいうとアズナブル」
 三人が三人共、溜め息を深く吐いた。頭を抱えつつ、俺も含めて三人の馬鹿はベットに腰掛けた。
 ――鈴鹿先生、すこぶる人違いですよ。
 石ぶつけたのは幼い頃の菊池やん、おかしいとは思っていたんだよ。ここにきて、もっともベタな落ちが待っているとは思わなかった。
 静まりきった、気だるい雰囲気が漂う室内。鈴鹿先生は無言のまま、箪笥へ足を運び、衣類を取り出して着替え始めた。真っ赤な夕日に感傷し黄昏れるように鈴鹿先生は、男物のパジャマのシャツを羽織ったところで、ポツリと呟いた。
「やっちゃった?」
 友人菊池《ヲタク》、俺《ヲタク》、五十鈴さん《妹がヲタク》、全員で頭を縦に振った。
 俺は友人菊池の肩をぽんっと叩いた。
「なあ菊池、学食でいってたみたいに、鈴鹿先生と盗んだバイクで走ってこいよ」
 ゆうっくりと立ち上がった友人菊池は、頭を掻きながら呟いた。
「そのあと――夜の校舎、窓硝子、壊して回るよ」
「さらに、鈴鹿先生というオン・マイ・リルガールを暖めてやってくれ、菊池」
 爽やかな笑顔を振り撒き、鈴鹿先生を得て大人になった菊池は、ふぁさりと髪の毛を掻きあげた。
「サンキュウな、お前のサマー・ナイト・クリスマス、確かに受け取ったぜ!」
 俺たち二人は、軋むベッドの上で優しさを持ちより、いや視界が霞《かす》むベッドの上で激しく抱き合い、自然と込み上げてくる詩《うた》を奏でた。
「――この支配からの、卒業」
 俺、この――鈴鹿先生――支配から卒業しました。


 ☆


「おい、そこに居るヲタクの代弁者、ちょっと待て。尾崎豊で纏《まと》めて落とすな、馬鹿者。終わらせはせんよ」
 綺麗に尾崎豊の楽曲繋がりで落ちたと思ったんだけど、駄目ですか。あまりにも酷すぎる結果で、俺と菊池は現実逃避をしていた。もはやこの選択肢しかない、と俺は言い切れる。だけど、菊池は。
「アレですよ、一区切りついたと思ったんですが、なあ? 菊池」
「そうそう、この微妙な勢いのまま、鈴鹿先生ファン倶楽部の面々を盗んだバイクで蹴散らそうと、そう貴女と共に」
 ニカッと大人菊池が真っ白の歯茎を、射し込める蛍光灯と共に、キラリと輝かせた。
 俺は数々の落ちの先にある最終落ちが、人違いというあまりにも衝撃的な落ちで、鈴鹿先生の呪縛から解き放たれた。しかし、大人菊池は未だ鈴鹿先生にヤられていた。知らない間に大人菊池は、盗んだバイクで蹴散らすほどにファン倶楽部の面々と戦う自信をつけ、鈴鹿LOVE先生の夢という名の希望を見出していた。
「そっかなぁ、尾崎落ち、良いと思ったんだけどなぁ……そうそうセンセッ、菊池君と仲良くして下さいね」
「五十鈴さんっ」
 身に着けている純白のシィツを翻し、沈黙していた五十鈴さんが、満を持して登場した。
 五十鈴さん居たんですよね。突如の五十鈴さんの登板だった。
「あたしの妹がヲタだっていったでしょ、ボーイズラブの関係で尾崎は知っているわよ。あたしだってBL読んでるし……」
 尾崎ってそっち系だったの! それより、五十鈴さんもヲタなんですか? だからこれまでの流れに、五十鈴さんは乗っていたのか。妹と姉も、BLにはまっているとは思わなかった。
「そんじゃあ、帰るわよ。先生は菊池君と、アンタはあたしと来るのよっ、分った!」
 勝ち誇った面持ちで、五十鈴さんは俺を呼んだ。――すかさず鈴鹿先生は、五十鈴さんを制止する。
「ちょっと待てといっておろうが。ことは緊急を要する、色々あったが私は在る結論に達した。結果として、菊池君には申し訳ないが、やはり我が君とは離れられない運命にあると、断言できよう」
「先生、おもいっきし負け惜しみじゃない! いいから帰るわよ」
「ふふふ……そうそう私から逃げられるものではない」
「え? ちょっ――ちょっと待ってよぉぉぉおおおお」
 イキナリの五十鈴さんの悲鳴、何ごとかと思いきや、鈴鹿先生が包まっているシィツの裾を持っていた。鈴鹿小悪魔的ちょいエロ先生、ヤル気なのか? 止めなければ、五十鈴さんが危ない!
「先生――それはやり過ぎで」
 俺が言い終わる前に、ふぁさりと。シィツが絨毯に落ちた音がした。
 硬直した五十鈴さんの、むっちりとしたバディが露《あらわ》になった。そしてしばらくの沈黙が流れた……
「あああん、もう! アンタなにみてんのよぉ、こんぬぉお――ばかぁ!」
 身体をよじった俺は身構えた。しかし、いつもの五十鈴さん渾身のビンタ、黄金の右が飛んでこなかった。ドカシと轟いた衝撃が俺の横で、はじいた。
「なんで俺なんだよー関係ないじゃんよぉ」
 大人になった菊池忠士、ただのヲタクが吹っ飛んでいって、ベットにぶつかり跳ね上がり、壁に衝突した。
「きくちぃ、お前はみるな! あ、アンタは、あんたは、しょっ……しょうがない、わよ。事故、事故だから許してあげるわよ、馬鹿」
 頬を赤らめた五十鈴さんは、急いでシィツをたくしあげ、ベットの中へ潜り込んだ。可哀相な菊池は、壁に激突してズルズルとベッドに流れ込んだが、五十鈴さんに蹴られ、床で廃人と化していた。
「でだ、我が君」
 生きた屍と化している友人菊池を他所に、鈴鹿先生は例の在る結論を語る。
「確かに、足元に転がっている菊池ことアムロが石を投げて、私の最愛の人になっていた。だがしかし、私の中であの記憶は、我が君の顔をした男の子が投げたことになっている。即ち、記憶は改ざんされ隣の金持ちのボンボンは我が君に変身を遂げている。もはや、大学で君に始めて目撃した時点で愛する我が君は、そう君だ。ともかく、約十年間ほど君のことを想い続け生きてきたんだ。事実関係は破棄して、結果つじつまさえ――合えばいいんだ」
 そういい終わると、鈴鹿先生は自信満々に頷いた。
 この惨劇に俺は――何かこの二日間、もの凄く報われねぇ。これでいいのか? おい。壊れた堕天使菊池忠士、酷いぐらい報われねぇ……もう、ここへ何をしに来たのかさえ解らない。ありえないほど虚しさを覚えた。
「さあ、楽園都市ヴァルハラに逝こうではないか、我が君よ。愛と勇気と希望が待ち受けているぞ」
「ちょっとアンタッ、この状況なんとかしなさいよ!」
 甲高い声が飛び交い、何かが切れた。
 俺は大人になりそこねた菊池の肩を抱いて立ち上がった。
 強者《つわもの》どもが夢の跡、初夏に訪れた終らない夏に狂う強者《ヲタク》は、一体何処に向かうのだろうか。鈴鹿先生宅の周りに取り囲むファン倶楽部、蒸し暑く鬱陶しい、イカレた夏が到来する。
 そして――気がつけば菊池と共に口ずさむメロディ、ヲタク達の鎮魂歌。
「卒業して一体何解ると言うのか。想い出の他に何が残ると言うのか。人は誰も縛られたかよわき子羊ならば。先生アナタはかよわき大人の代弁者なのか。俺達の怒り何処へ向かうべきなのか。これからは何が俺を縛りつけるだろう。あと何度自分自身に卒業すれば。本当の自分に辿り着けるだろう。仕組まれた自由に誰も気付かずに。あがいた日々も終る。この支配からの卒業。この闘いからの卒業」


 Endless Summer Nightaholic Otaku Requiem.


      了

  1. 2007/01/10(水) 18:02:11|
  2. 中編作品|
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