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こちらは、主に素直でクールな女性の小説を置いております。おもいっきし過疎ってます
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妻の証明

 物書き仲間、愛おしく愛くるしい……悶え狂いそうなほど愛してやまない、いや――考えるだけでも病んでしまうほど溺愛しているイトウちゃんの所に書き込んだ小説です。まずまず好評だったため、掲載することにしました。



 1.
 先日最愛の妻――イトウを失った。休日にも関わらず会社へ出勤しなければならなくなり、玄関にて妻の物憂いな微笑みを眺めながら自宅を後にした。
 その後、愛情が注がれる弁当を頂いていると、携帯電話が鳴り出した。急いで手にしてみると、液晶盤に“愛しのイトウ”の文字があった。
「どうした?」
「アナタが居ない日曜日は何年ぶりかしら、なんだか変な感じね。折角だから、ちょっと川に主を釣りに行こうと思うの……遅くなるかも知れないから、外でご飯をよばれてきてね」
「一人で大丈夫か? イトウはとろくさいからなぁ、何かあったらすぐに電話しろよ」
「心配しないでpool、たまには一人でお出かけするのも……悪くはないわ」
 そう言って、妻は電話を切った。あの時俺は止めてやるべきだった、しかし休日は常に妻と共に過ごしていたため、羽根を伸ばすには丁度いいと、その時は考えていた。確かにマンネリ化や二人の距離が近い事を思うと、一概に家に閉じ込めておく訳にもいかず、ごく自然に表へ出してしまった。
 まさか、主を釣るつもりが地主を吊ってしまうとは思わなかった。よくふざけて、悪戯っぽいことをして俺を楽しませてくれていたけれど、その行為は冗談を過ぎてしまった。
 地主を吊った直後、妻は「ちょっとふざけてみました」的な発言を地主に伝えたそうだが、地主の怒りは収まる事はなく、無残にも妻は殴り殺されてしまった。
 その日以来、俺は酒に溺れ会社をクビになってしまう。
 ――葬儀時の妻の死に顔は綺麗だった。ボコボコの殴られたはずなのに、小奇麗に白い化粧を施して貰い、格別美しさに磨きが掛かっていた、薄いオレンジのリップは色鮮やかだった。俺はその愛くるしい妻イトウの姿を食い入るように凝視していた。
 ――あれから俺は変わってしまったのかも知れない。
 無我夢中で妻の唇を奪い、ボロボロと泣き崩れた。周囲を取り囲む親戚一同から、無理やり身体を妻から剥がされ、俺を無視するかのように妻を火葬場へと連れ去った。その後を追い火葬場へと向かう。しかし……無常にも妻は、心ない親戚一同に周囲を固められ、逃げ場をなくし骨と化した。俺が到着するやいなや、目前には――ただ骨。台に載せられて火葬を終えた妻の亡骸。
 妻の枕元に位置する、妻の父親は目から涙を流し肩を震わせていた。その涙が目に止まった、俺は駆け出し父親の元へ向かう。
 義父の、「pool」の声を掻き消すように、俺は殴りつけた。
「なに認めてるんですかお父さん。妻は、イトウは、死んでいませんよ!」
 更に義父を殴りつけ、マウントを取った。拳の感覚が麻痺し痛みを感じなくなるが、それでもなお殴り続けた。押入れの奥にしまい込んでいたひょうたんの能面ように、義父の顔が歪む。鼻から血が噴出し、拳に歯型の痕が残ろうとも――拳で義父を打ち続けた。
 義父が抵抗をしなくなった辺りで意識が醒めた。立ち上がった俺は、イトウの骨をむしゃむしゃと胃に押し込んだ。口周りは真っ白になり、妻を感じ、骨を集め掻っ攫う。ぶっきらぼうに車に乗り込み、火葬場と親戚どもを後にした。
 俺は一週間程まとめて有給を取り、自宅で酒を浴びていた。火葬場の一件により、絶えず電話が鳴り響いていた。電話回線を引き千切り、電話を窓に向かって投げた。以降、カーテンは常に波打っていた。風呂にも入らず、ただただ酒を煽り一週間が過ぎた。
 俺は会社に向かった。
 その日は散々だった、結果としては課長を殴ってクビになっていた。所属する課の人間からは酒臭いと罵られ、課長から別室へと招待され、頭がフケで塗れているだとか酒臭くて仕事が出来ないだとか、ちくちく俺を責め立てた。大して仕事という仕事はしていない癖にと、俺は上着の入っていた安酒の小瓶を取り出し、課長の脳天をかち割っていた。つむじ辺りに亀裂が走ったように血が吹き出ていた。課長は狂ったように暴れまわり、俺は会社から逃げ出した。直後息を切らせながら、あの課長の姿を思い返す――首から上がない鶏がはしゃぎまわり、飛べると言い張って崖から転落するように滑稽だった。


 ☆


 そうして俺は妻の夢を叶えるために、そして俺のために日本を飛び立ちヨーロッパに到着した。目の前に広がる湖、妻の生前の夢だった“死海”に来ていた。
 妻の言葉は「私お墓なんて要らないの、貴方と一緒にいる生活が全てなの。死んだ後の事なんかどうでもいいわ、でもね……もし私が先に死んだら、骨を死海に流して」と遺していた。今でもあの言葉と笑顔と、愛情を確かめ合った熱帯夜の妻を覚えている、鮮明に浮かびあがっていた。
 溶け込むことが出来ない塩分は岩となり、塩の塊がボコボコと水面から顔を出す。太陽は直接、光を皮膚に打ち当てる。紫外線など、本当にどうでもよかった。真っ赤に皮膚が腫れあがる中、俺は骨壷ごと死海に投げ込んだ。あてもなく泳ぐ妻の姿は、幸せそうだった。
 現地の安いモーテルにて、俺は身体を休めた。妻が傍に居ない生活など何の価値もない、最後の妻の証明である骨壷を失ってから生への実感がない、存在してる実感が全く湧かなかった。
 窓枠が変色し腐蝕している窓の外を眺める、星が煌々と輝いていた。透き通った夜空は鮮明に星々を映し出し、一つの小さい星が急激にスパークした。中心は白く眩いオレンジの熱量を仄ぼやかせ、地上へと堕ちた。
 俺はそれを手に取ろうとして腕を伸ばし、小汚い床に脚を取られて、流れ星を掴んだ瞬間――堕ちた。
 地上までの、瞬きすれば終ってしまう遊泳の最中、握り締めた拳を開いて流れ星を放した。過去に確立された理論を受けて、ひらひらと堕ちてくる流れ星を下から見上げた。長方形の形をしたバナーだった。妻が残してくれた、忘れていた妻の存在だった。手を伸ばしても届かない“妻”を眺めながら、俺は遊泳を終えた。
 ――霞む視界に映し出されていた“妻”には、“素クール オブ ですてぃ”と書かれていた。

  1. 2006/09/17(日) 02:22:56|
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